【
高知新聞 2014年2月18日(火)
】
(改訂 14/02/18)
「盗みたい」病と闘う
竹村医師(高知市出身)群馬で治療院運営
「盗む」衝動を抑えられない人たちがいる。「クレプトマニア(窃盗癖)」と
言われる精神障害の一つだ。摂食障害など他の障害を合併するケースが多く、そ
の治療の草分け的存在が、高知市出身の竹村道夫院長(68)が開院した「赤城
高原ホスピタル」(群馬県渋川市)だ。「盗みたい」という心の病と必死に闘う
入院患者の姿と、治療の在り方を追った。
◎万引、過食、止まらぬ衝動
女性患者「入院で“光”見えた」
スーパーに入る。カートの買い物かごに、あふれるばかりの食べ物を詰め込む。
あるときは、そのままレジの脇を抜け、車に乗せた。そのままフードコートに持
ち込むこともあった。ひたすら胃に詰め込み、そして、吐いた。
万引し、過食し、嘔吐(おうと)する。西原瞳さん(37)=仮名=は、20
代の中頃から10年間、その衝動を抑えられないでいた。
▼満腹も空腹も怖い
性格は「負けず嫌い、完璧主義」。高校での成績は常にトップで、「1位取れ
るか、取れないか。そこに固執する。何より、成績のいい娘を周囲に自慢する母
親の顔が見たかった」。
大手企業に就職後、ダイエットにのめり込んだ。異動のストレスも重なり、拒
食症に陥った。次第に食べたい衝動が抑えられなくなり、今度は過食、嘔吐を繰
り返すようになった。間もなく、万引を始めた。
「満腹感は不快だし、空腹感も怖い。常に不安だった」。過食嘔吐への依存は
深まり、盗む量も増えた。食品以外にも手が出た。気に入った洋服があれば同じ
ものを数着盗む。洗剤も数個一気に盗み、家にため込んだ。
「物があることで安心感があった。心の隙間を何かで埋めたいけど、その何か
が分からない。だから物で埋めようとしたのかな」。当時の心理をさぐる。
幾度となく店や警察に捕まり、親との関係もぎくしゃくした。
ある日、高級肉を万引した。それを「買ってきた」と家に持ち帰ると、母は娘
の更生を信じ、喜んだ。
「つかの間でもいい。笑って、和やかに過ごしたかった。盗むことが当たり前
と思っていた私は、店に入ると『これ盗んで帰ったら喜ぶかな』って考えてしま
う」
2010年1月、初めて実刑判決を受けて服役。出所から1年がたった昨年1
1月、食品と雑誌を盗み、逮捕された。
▼自分も良くなれる
「刑務所にはもう二度と行きたくない」。任意捜査に切り替わり、釈放された
後、その一心で駆け込んだのが、赤城高原ホスピタルだった。
窃盗癖の容疑者に多く関わってきた弁護士を選任し、入院治療を行う予定であ
ることやホスピタルの診断書、窃盗癖に関わる資料などを意見書にまとめ、検察
庁に提出。1月中旬に検察庁から連絡があった。「手続きを休止し、6カ月後に
起訴するかどうかの判断をします」とのことだった。
再犯を重ねていたことから、刑務所行きを覚悟せざるを得ない状況だった西原
さん。「少しだけ“光”が見えた。ここにいる6カ月、やることやるしかない」
毎日のように行われる患者同士のミーティングでは、過食、嘔吐を止められな
い自分の思いをぶちまけた。同じように過去をさらけ出す人、ただ黙っている人。
その空間にいると、「毛穴から、何か染みこんでくるものがある」という。
黙っていた人が、しばらくしてぽつりぽつりと口を開き始める。「あ、この人
良くなってるって分かる。それを見ると、自分も良くなれるかもって思う」。同
じ仲間がいるから、頑張れる。
「万引しない!ために…」と書いたメモがある。「1人で行かない。1人にな
らない」「本当に食べたいものを買う」などと書かれ、最後に「手首に輪ゴム」
とある。
「魔が差しそうになったとき、ゴムをぱちんって引いて、刺激を与える。そう
すると目が覚めるって、先輩患者から言われて」
今も時折、「脳内麻薬」のように過食や万引の衝動に駆られる。以前はそれに
あらがうことさえなかった。しかし今、「万引をしないためにどうするか、具体
的に考えられるようになった」と話す。
「回復するには、自分を好きになることが大事」と先輩患者から言われた。
「今はまだ、そんなに好きじゃない。けど、ここに来て過去の自分が気の毒で、
かわいそう、そう思えるようになった。自分を好きになる第一歩だと思う」と西
原さん。前を向き、言葉に力を込めた。
◎竹村医師「刑罰では回復しない」
クレプトマニアは、「ほかのどこにも分類されない衝動制御の障害」と位置付
けられている。
1990年に開院した赤城高原ホスピタルは、アルコール・薬物依存を治療す
る専門病院。窃盗癖の治療を始めたきっかけは開院当初、近くのコンビニで患者
による万引が頻発したことだった。
その多くが、摂食障害で入院中の患者だった。竹村院長が手探りで治療を進め
る中、ホームページで精神障害としての窃盗癖の基本情報や治療状況を掲載した
ところ、全国から問い合わせが相次いだ。
統計を取り始めた2008年以降、窃盗癖の症例は約900件に上り、「うな
ぎ登り状態」(竹村院長)。うつ病など、ほかの精神障害を合併している場合が
多い。症例のうち、摂食障害との合併は3〜4割と最も多いグループで、症例の
多くが女性だ。
「多くの患者に見られるのが飢餓感。食べ物だけでなく、劣等感など対人関係
上でも飢えを感じている人が多い」と竹村院長。
生理的、精神的な飢餓感は、あるゆる物が自分の身の回りからなくなることに
対する恐怖感を生む。その結果、盗む対象は食料以外にも広がり、衣類や書籍、
日用品など、あらゆる物を盗み、自宅などにため込んでしまう―。
そうした傾向は、過食症だけではなく、拒食症や、買い物依存などを合併して
いる症例にもみられるという。
治療は、ミーティングによるコミュニケーションが中心だ。ホスピタルでは、
病院スタッフも入らず患者だけが参加する形式のものや、回復者が患者、あるい
は家族に闘病体験を語る場もある。
同じ症状を持つ患者同士、経験を話し合い、聞き合う。ミーティングは、そう
した体験を通じて自らの過去を振り返り、回復へのモチベーションを高めてもら
う場となる。
しかし、窃盗癖は一般の認知度が低い上、全国幅広い治療環境が整っていない
のが現状。長期的な治療が必要であるにもかかわらず、途中で通院しなくなり、
再犯に及ぶケースも少なくない。
竹村院長は「窃盗癖は刑罰を与え、矯正施設に入れるだけでは回復しない。適
切な治療が必要だ」と訴える。
その上で、「高知にも同じ悩みを抱える人はいるはず。そうした人たちが集え
る自助グループが育てば」。現在、東京、大阪、兵庫、三重など各地で、窃盗癖
に悩む者同士が集う自助グループが立ち上がっている。
香川県でも4月から、同様のグループが立ち上がる予定。3月15日には、高
松市で竹村院長の講演や事例報告などが予定されている。高松あすなろ会の主催。
上記記事は、2014年2月18日(火)、高知新聞、13面
火曜マルチアングル・
東京・大阪レポートから引用。
文責:竹村道夫(初版: 14/02/18)
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