【 嗜癖問題基礎知識 】   赤城高原ホスピタル

(改訂 07/06/26)


[目次]  [嗜癖、乱用、依存] [物質嗜癖、行動プロセスの嗜癖、人間関係の嗜癖] [嗜癖の起源と進行] [嗜癖の特徴、クロスアディクション、家族集積性] [嗜癖への対策] [嗜癖問題と機能不全家庭] [アダルトチルドレン] [否認の病気] [初期介入] [家族問題という視点] [嗜癖家族にどう取組むか] [行動修正と再発防止] [嗜癖問題の治療] [嗜癖問題という視点]  [関連記事] [トップページ]  [サイトマップ] 



[嗜癖、乱用、依存] 嗜癖は、英語の「アディクション(Addiction)」の訳語で、「ある習慣への耽溺」を意味します。重症例は病気とされ、「依存症(Dependence)」と呼ばれますが、嗜癖はもう少し軽症例から重症例までを含めた広い概念で使われます。また、「依存症(Dependence)」を物質嗜癖に限って使用するという立場もあります。

 代表的疾患としては、アルコール依存症がありますが、このほかに薬物乱用、薬物依存症があります。乱用はおよそ依存症の前段階と考えて差し支えありません。

[物質嗜癖、行動プロセスの嗜癖、人間関係の嗜癖] アルコールと薬物への嗜癖をまとめて「物質嗜癖」と呼び、乱用と依存症をそれぞれ「物質乱用(Substance Abuse)」、「物質依存症(Substance Dependence)」と言います。このほか、摂食障害(拒食症と過食症)、ギャンブル依存症(病的ギャンブル癖)、借金癖、買物依存症、ワーカホリック(仕事中毒)なども嗜癖性の症状ないし病態と考えられており、これらは「行動プロセス」への嗜癖と呼ばれます。さらに恋愛依存、セックス依存、暴力的人間関係、共依存などは「人間関係」への嗜癖と呼ばれます。共依存というのは、自分が相手から必要とされることによって自己の価値を見いだすという、依存症者の配偶者にみられ易い対人関係の病的パターンです。

[嗜癖の起源と進行] 対象が物質であれ、行動プロセスであれ、人間関係であれ、これらの嗜癖問題はすべて、個人の心の中のある種空虚感を埋めることが発端になっています。そして対象への没頭が習慣化し、エスカレートし、やがてコントロール不能になります。依存症という名前がつく段階になると、本人の意志の力だけで嗜癖から抜け出すことは不可能です。[TOPへ]

[嗜癖の特徴、クロスアディクション、家族集積性] これらの嗜癖性疾患は表面的な姿は違っていても同じ空虚感から同じようなメカニズムで発症しているので、同時に2つ以上の嗜癖が合併することは少なくありません。たとえば酒と摂食障害、酒とギャンブル、酒と暴力的傾向といったものです。これは「多重嗜癖」とか「クロス・アディクション(Cross-addiction)」と呼ばれます。また時間をずらして、たとえば、摂食障害から薬物に、薬物からアルコールに、アルコールからギャンブルにというように対象を代えて嗜癖が続くこともよく見られます。さらにまた、嗜癖問題は家族集積性があります。父親がアルコール症、母親が共依存、娘が摂食障害、息子が薬物乱用というのは極めてよく見られる嗜癖家族のパターンです。

[嗜癖への対策] このような視点から嗜癖問題を眺めると、嗜癖の対象を遠ざけようとする(たとえば、アルコール依存症患者に節酒や断酒を説得する)だけでは全く治療にならないことが分かると思います。嗜癖問題は、専門家と相談をしながら対策を考えてゆく必要があります。ここで嗜癖問題を考えるうえで重要な視点をいくつかあげたいと思います。     

[嗜癖問題と機能不全家庭]  嗜癖問題は、機能不全家庭を背景として出現し、嗜癖問題の進行とともに家族機能は麻痺、崩壊してきます。そのしわ寄せは、家庭の中の弱者、子どもと老人、そして女性に向かいます。嗜癖家庭ではこれら弱者への虐待は珍しくありません。実のところ、嗜癖家庭は虐待の温床です。嗜癖家庭の家族境界は強固なので、嗜癖家庭の内情が外からは良くわからないことも少なくありません。そのため社会的には一見正常に見えたり、理想的の家庭に見える場合すらあります。[TOPへ]

[アダルトチルドレン]  アダルトチルドレンというのは、もともとは酒害家庭で育って今は大人になった人(Adult Children of Alcoholics)を意味しましたが、今では機能不全家庭出身者(Adult Children of Dysfunctional Family)に拡大使用されるようになりました。機能不全家庭の代表が酒害家庭や嗜癖家庭です。嗜癖家庭で育つ子どもたちは、慢性的なトラウマ(Trauma, 心の外傷)にさらされます。機能不全家庭の中で歪んだ感情、対人関係の癖、問題解決の仕方を身につけ、 思春期から成人期にかけてさまざまな情緒・行動障害、精神障害を発症します。典型的には、共依存になったり、もっとはっきりした嗜癖問題を起こしたりします。アダルトチルドレンと共依存は、嗜癖の世代連鎖を作り上げる鍵概念です。

[否認の病気]  嗜癖問題は、それを持っている本人も、周りの人も、問題の存在を認めたがりません。このように、自分に都合の悪い現実を無視して、認識しようとしないことを専門用語で「否認」といいます。 通常、家族の中でもっとも精神的健康度の高い人が最初にこの否認の罠から抜け出します。そして問題の存在を直視する勇気を持てば、やがて自分たちの無力を知り、家族の外に相談者を見つけようとします。この人が回復のネットワークにつながるところから、問題解決に向けた動きがスタートします。

[初期介入]  これを治療者側からみると、嗜癖問題は家族相談からスタートすることが多いということになります。堅くて厚い家族境界を越えて、家族の秘密である嗜癖問題を家族外に持ち出したこの相談者を、最初の顧客という意味で「ファースト・クライアント(First Client)」といいます。治療者としては、この相談者の悩みを聞き、慰め、相談に来られた勇気をたたえ、何としてもこの人を治療のネットワークにつなぐ必要があります。ここで治療のネットワークというのは、嗜癖問題の専門家、専門治療施設、保健所、精神保健福祉センター、自助グループなど、嗜癖問題の本質を理解し、嗜癖者本人や家族の苦しみを理解できる人たちのつながりです。
 この相談者を通じて、家族関係に介入し、嗜癖者本人の直接的治療につなぐ技法は、「初期介入」として知られており、専門家が指導し、家族や友人、同僚などの協力が得られれば、成功率は7割以上です。仮に嗜癖者本人が治療の場に登場しなくても、家族全体としての回復は可能です。 [TOPへ]

[家族問題という視点]  嗜癖問題の相談、治療に当たる人は、常に家族問題という視点を持つことが重要です。たとえばアルコール問題を、酒飲みの肝臓疾患と見なして対処すると、飲めなくなったアルコール依存症患者を飲めるようにして社会に戻すだけになってしまいます。これは極端な例というより、実際に多くみられる例です。嗜癖問題を扱う人は、嗜癖家庭を扱うのだという視点を持って、とくにその家庭の弱者、子どものことを忘れないようにしたいものです。

[嗜癖家族にどう取組むか]  それでは、専門家は嗜癖家族にどう取り組み、なぜ専門家がかかわることで回復が可能になるのでしょうか。嗜癖問題は暗くて空気がよどみ湿った空間で繁茂するカビに似ています。腐った食物を捨て、きれいな水で洗い流し、明るい光を当て、フレッシュな空気を入れ続けると、カビは生えなくなります。 嗜癖問題も、家族という閉鎖空間から問題を持ちだし、光を当て、 外部との交流が多くなると、進行が止まります。それは、そもそも嗜癖問題が、家族の機能不全の歪みの中で生まれ、家庭内のある種の悪循環のコミュニケーションを媒介にして進行しているからです。専門家は、それぞれの家族が利用できる治療資源をみつけだし、それを育て、悪循環を断つ方法を教えます。

[行動修正と再発防止]  嗜癖者本人が専門治療に結びついたら、それで後は順調という訳ではありません。嗜癖問題の治療は行きつ戻りつの繰返しです。患者の状態と回復段階に合わせて、適切な作業仮題を提案します。信頼に基づく治療関係が維持できれば、患者は次第に回復してゆきます。この段階では、自助グループに参加することや、そこで「回復のモデル」を見つけることが必須です。治療者は、患者それぞれの回復のスピードを考慮し、患者が失敗から学ぶという姿勢を尊重する必要があります。

[嗜癖問題の治療]  嗜癖問題の治療は、身体疾患や一般精神障害(神経症、うつ病、分裂病など)の治療とは、かなり違っています。つまり、薬物療法、安静、点滴、栄養指導などは、中心的治療とはなりません。そもそも医療スタッフが治療するというより、患者さん自身に、治療してもらうというイメージです。治療者は、患者さんの治療したいという気を見つけだし、引き出し、育て、家族や周りの人達の協力を引き出し、自助努力を治療の中心に置きます。嗜癖治療の治療関係では、患者さんやご家族の医療依存を避ける事が大切です。嗜癖治療の特徴と困難の中心は、この治療関係を確立、維持することにあります。嗜癖問題治療では、信頼に基づく治療関係と依存的治療関係とを区別します。逆説的ですが、医療依存、専門家依存を避けるために嗜癖問題専門家が必要なのです。
 嗜癖問題の治療では、以上の原則を守りながら、初期介入、家族介入、家族療法、教育的治療、力動的精神療法、認知行動療法、集団療法、ネットワーク療法、脱習慣のための行動修正、多重衝撃療法、自助グループ、再発予防など、いろいろな治療と技法を組み合わせて対応します。使えるものを、すべて使うといって良いでしょう。

[嗜癖問題という視点]  飲酒もかつては、犯罪行為と見なされた時代がありました。現在でも世界の一部では飲酒行為は犯罪です。また、アルコール症を道徳的問題と見なす人は現在でも少なくありません。アルコール症を病気の一つだと知っている人でも、たとえば薬物乱用やギャンブル依存症はどうでしょうか。この種の問題を犯罪とか、道徳的な視点からのみみると、精神衛生の問題、健康の問題としてみることが難しくなってしまいます。この種の問題をみる際には複眼的な視点が必要です。
 アルコール問題以外のいろいろな社会問題も、嗜癖関連問題として対処することが可能な場合があります。たとえば、家庭内暴力、子どものいじめの問題、青少年の薬物問題、援助交際、ドメスティック・バイオレンス、 虐待、喫煙問題(ニコチン依存症)、摂食障害などは、有効な対策を考えるうえで嗜癖問題としての視点が欠かせません。 筆者自身は、盗癖(クレプトマニア)、痴漢常習者、性虐待者などの治療にも直接、間接的にかかわっています。もちろん、嗜癖問題という視点は万能ではありませんし、これらの問題を治療可能な病気とみなすからといって、このほかの視点(道徳、犯罪、人権、経済問題など)からの対策を否定するものではありません。[TOPへ]


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AKH 文責:竹村道夫(1999/11)


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