【 ホスピタルの治療活動:運営上の問題点と対策 】赤城高原ホスピタル     (更新日:00/03/24)


[目次]  [はじめに] [当院の紹介] [入院患者] [治療スタッフと治療体制] [運営上の問題点と対策] [おわりに] [注意] [文献] 



このページは、日本精神病院協会雑誌(1999年3月号)特集:小規模精神病院の中で、「専門病院の立場から」というタイトルで書かれた記事(赤城高原ホスピタル院長:竹村道夫著)を元にリライトしたものです。
この記事を記載してから17年後の2016年、病床数増床となったので、全体を見直し、2016年現在での、主な変化を下方の[注意]欄に追加しました。


[はじめに] 近年の患者自己負担金の引き上げや診療報酬改定の影響を受け、民間中小病院の経営が悪化していると言われる。また医療提供体制の再編のなか、民間中小病院の在り方が問われている。筆者は、群馬県勢多郡赤城村に107床のアルコール専門病院を開院して9年になるが、医療をめぐる社会情勢の苦しいなかでなんとか活路を見いだそうと努力しているところである。本稿では、専門病院運営に関して私たちが体験した問題点を考察する。


[当院の紹介] 赤城高原ホスピタル1)2)は、医療法人群馬会によって1990年12月に開院されたアルコール症の専門病院である。日本のほぼ中央、群馬県渋川市の郊外にあり、伊香保温泉の近く、景色のよい小高い丘に位置している。107床のうち8床のみが閉鎖病棟である。鉄筋コンクリート2階建てで、病室は2床部屋が多く、4床以上の大部屋は全病床の半分程度である。窓が大きいために病棟が明るく、建築構造的にも開放的な病院である。
 入院形式は原則として任意入院で、入院期間も希望に応じて柔軟に対応している。実際、医療保護入院は意識障害や幻覚妄想状態の場合など、年間に10名足らずで、入院期間は一般に数週間以内である。最近2年間についていえば、平均在院患者数は90〜100名前後、月間40〜50名の入退院があり、この入院患者の約3分の2は再入院患者、3分の1が初回入院、平均在院期間は50日程度である。
 施設の面では、開院時からアメニティに十分配慮して余裕をもった病棟構造になっている。日本の精神病院としては珍しいと思うが、各病棟に24時間使用可能の喫煙室があり、ほぼ完全な分煙システムになっている。そのほかの施設としては、体育館(板張り)、シャワー室(使用無料)、自治会室、ミーティングルーム(3室)などがある。  [TOPへ]


[入院患者] 郊外の病院という立地条件のためもあり、外来患者は1日20名程度と、それほど多くない。そのため病院収入の構成という点では圧倒的に入院に比重がかかっている。
 入院患者は、専門病院という特殊性のためもあって、中高年の男性アルコール依存症患者が過半数であるが、ただ全入院患者に占める割合は、他のアルコール専門病院よりは低い。対照的に、当院では女性患者の比率が高く、全患者の3〜4割を占めており、その大部分が20〜30歳代の若い女性である。これらの女性入院患者の大半はアルコール依存症の患者であり、ほとんどの場合、多重嗜癖の1つとして摂食障害を伴っている。このほか少数ながら、うつ状態や混乱状態の酒害者の配偶者(いわゆるバタードワイフ)、自傷行為、自殺未遂などを伴う酒害家庭の子供(十代から思春期、青年期)なども入院している。これらの家族は、いずれも酒害家庭の暴力の犠牲者であり、酒害家庭の家族病理と密接にかかわる問題を持っている。
 酒害者の妻の場合には、酒害者の飲酒行動に巻き込まれて、混乱状態のなかで、酒害者の飲酒に起因する不始末の尻拭いをしたり、酒害者の責任を預かって、病気を維持し悪化させるような行動をとっている。また、入院が必要となるような酒害家庭の子供たちは、境界型人格障害など重症の人格障害、離人症、解離症状、物質乱用、摂食障害などを伴い、不安耐性が弱く、衝動的で、極めて不安定である。すでに長期多数の精神病院入院歴を持っていることも少なくない。
 酒害者家族の入院は、重症の被虐待者のような場合を除いて、一般に酒害者自身の治療よりも、短期間である。  [TOPへ]


[治療スタッフと治療体制] 治療スタッフとしては、3名の常勤医師のほか、1名の内科医師を含む9名の非常勤医師、4名の精神科ソーシャルワーカー、1名の臨床心理士、50名近くの看護スタッフがいる。
 当院では、患者にとって安全な治療場所、治療スタッフにとって安全な職場を確保することが治療上の最優先事項であると考えており、安全な場所の確保、維持のために最大の努力を払っている。
 アルコール依存症をはじめとするアディクション治療においては、とくに治療困難なケースの場合、歪んだ治療関係になりやすい。たとえば、アクティングアウトの頻発、長期大量の薬物投与、長期の拘束的環境、権威的治療関係、非治療的接触(経済的、性的問題)などの問題が生じやすい。このような事態を避けるために、私たちは徹底したスタッフの教育を行っている。教育の機会は、院内での定期的ケースカンファランスやセミナーだけではない。アディクションの治療の場合は、治療スタッフが自助グループに参加して、多くの回復者と直接話し、彼らを見ることによって、「回復が信じられるようになる]ということが極めて重要である。そのような自助グループは夜間や休日に行われる。そこで当院では事務・看護職の全員に「自主勉強手当」を支給している。自助グループ、援助グループへの参加の強制はなく、チェックも今のところないが、スタッフは自主的に何らかの院外活動に参加することが期待されている。個々人によって差はあるが、今までのところ、職員は積極的に活動しているようである。
 一方、トラブル患者の扱いに関しては、入院中の患者で、病院内に酒や薬物を持ち込んだり、病院内で飲酒、薬物使用した場合には、強制退院となる。強制退院の場合は、一定期間再入院できない。暴力行為や薬物を他の患者に配布するようなことがあれば、永久追放になる。これらのことは、入院時と入院後の落ち着いた時点で患者に説明されており、かなり重症の人格障害を持つ者や情緒不安定な患者を診ているわりには、当院でトラブルが少なく済んでいるのは、開放的処遇とこれらの配慮に負う点が大きい。
 アルコール依存症本人の入院直後の離脱期や合併症の急性期には、身体的諸検査や薬物療法、輸液療法が必要となるが、治療全体から見るとこれは短期間に過ぎない。アルコール性臓器障害の治療に続いて、あるいはこれと平行して、アルコール依存症の治療が行われる。
 当院での依存症治療のモデルは、教育、家族療法、集団療法、そしてネットワークである。院内では、週に約10回の教育治療的セッションと約10回のメッセージミーティング、毎日約10回の自助グループミーティングがある。このほかに、患者たちは、毎日3カ所ほどの院外自助グループに自主的に参加している。
 当院治療の特徴の一つは、入院治療がネットワークの一環となっており、院内完結スタイルではないという点である。患者は入院中から、院外の自助グループに参加し、また多くの回復者や院外の自助グループメンバーから、院内の患者へのメッセージがある。入院患者は、院外の自助グループや援助グループ、セミナー、講演などに入院中から出かけ、そこでも当院の卒業生やホスピタルの職員(その一部は元患者の回復者)に会う。そして回復のモデルを見つけるとともに、自分が回復のどの段階にあるかを知ることになる。  [TOPへ]
 

[運営上の問題点と対策] 当院は、アルコール症専門病院であるが、専門のハイテク設備があるわけではない。専門性はほとんど、経験と教育に裏打ちされた知識の蓄積、治療スタッフの熱意、そして当院の治療活動の歴史と共に成長してきた治療ネットワークにある。つまり治療の原資は、人間関係や治療関係である。だから高い専門性を維持し、治療スタッフのモラルを高めるためには、日々研鑽を積まなければならない。
 当院は、107床がほぼ満床になるのに開院から約5年間かかり、それまでずっと赤字経営になっていた。その期間を持ちこたえられたのは、経営母体の体力と、治療スタッフのアルコール医療に対する信念、高いモラルによると筆者は信じている。この間、筆者ら病院スタッフは行政機関や警察などに何度も足を運び、アルコール医療の説明をした。群馬県内のほとんどの保健所で、数回の講演会や説明会、研修会を行った。精神保健福祉センターの協力などもあり、保健所などで当院の治療方針が理解されるようになった。最近の数年は、各種市民団体、企業、専門家、教育機関、行政組織などの、当院での研修依頼や講演依頼が増え、当院の治療はマスコミでもしばしば取り上げられるようになった。
 このような努力により、また地域ネットワークの成熟にも支えられて、最近では、当院の入院患者数は定床の90ないし100%という状態が続いている。問題は患者数の変動が非常に大きいことである。1月に50名も入退院する状態では、1月ごとに延べ入院患者の数を合わせることが至難の業である。
 この数年、医療経済は悪化の一途をたどっているように見えるが、当院にとっては、全てが悪いほうに向いているとは言えない。その1例として、それまで曖昧なままにされてきた、アルコール依存症に対する通院精神療法の算定の問題3)がある。これは、当ホスピタルの監査で「アルコール依存症は通院精神療法の適応にならない」として、精神療法料の返却を求められたことから始まった。アルコール関連問題学会での筆者の報告からアルコール医療経済小委員会の設立につながり、全国的な調査が行われ、「我が国の今後のアルコール関連問題対策と診療報酬体系について」という報告書が厚生省に提出されるに至った。その報告と要望がいれられたのか、1994年4月の医療費改定では、通院精神療法の適応症としてアルコール依存症が明記されたばかりでなく、入院集団精神療法などが点数化された。
 そして最近、当院の急性期病棟B(1階49床)、精神療養病棟A(2階58床)が認めらたことは、当院にとっては重要な前進であった。これに関しては、当院が開院当初からスペースに関して余裕を持った建築構造になっていたこと、そして精神科病棟としては、例外的に患者の滞在期間が短い事など、通常では、経営上の不利となる要因が、認可に当たって逆にプラスに評価されたため可能になったといえる。空間のゆとりや短い滞在期間は、考え方によっては、無駄なスペース、忙しいばかりの無駄働きともなり得ることであるが、私たちが、あえてそのような無理をしてまで、患者サイドに立った診療の実現に向けて努力をしていたことが報われた形になった。
 当院の開院時には、軽症のアルコール症患者や家族が安心して入院できる病院を目指していたが、9年間の治療経験から見ると、このことは地域全体のアルコール医療環境の向上なしにはあり得ない理想であることがわかった。入院患者の重症度は開院当初から比べると徐々に軽症化しつつあるが、理想への道はなお遠い。そのようななかで、多重嗜癖の若年女性という、一般に治療困難な例が多い患者群からも、当院治療によって、多くの回復例をみるようになった。また、当院の治療が一定の評価を得て、口伝えやマスコミによって、遠方からも患者が入院することになったのは予想外の現象であった。
 こうした遠方からの患者や家族の多くから、彼らがインターネットで情報を探し求めて、当院にたどりついたという話をしばしば聞くようになった。どうやら当院の情報をネット上で流しているサイトが幾つかあるらしい。他人まかせにしていたのでは申し訳ないと思い、当院も1998年末にホームページ(http://www2.gunmanet.or.jp/Akagi-kohgen-HP/)を開設した。病院の情報だけでなく、アルコール・薬物問題、摂食障害、トラウマと解離性障害、PTSDなどに関する一般向けの解説記事、英文のページなども作った。
 以上のように当院はスタッフのモラルを高め、専門性を維持向上させるためにいろいろな努力をしている。しかし経営状態に関してはなお安定しているとは言い難いのが実情である。  [TOPへ]


[おわりに] 東京都内や他県のアルコール専門病床に空きベッドが目立っていると聞いている。アルコール症のような広範な問題を含む疾患に対して医療という枠の中で社会の期待に応えようとすれば、柔軟な考え方と対策が欠かせないが、医療従事者と医療行政側の両者ともがそれに十分に対応できていないように思われる。私たち専門家は、患者と共に考え、共に学ぶことによって、社会のニーズを把握して、レベルの高い専門医療を提供するとともに、私たちの当面する問題や専門的医療に関する情報を社会に還元していくことが求められている。小規模精神病院は、柔軟性や先取性を発揮するうえでは、有利な点も多いと言える。  [TOPへ]


[注意] (2016年9月に、病床数107→111床(うち閉鎖9床)になった。上記の記事は1999年時の状況なので、2016年現在、いろいろな点で変わってきている。主な変化を、以下に追加記載した。
   (2016年現在、平均患者数は100名、月間40〜50名の入退院、ぼ同数が新患)
   (2016年現在、男女数はほぼ同数。女性の大部分が20‐50歳代)。
   (2016年現在、常習窃盗の問題を持つ女性が多い)。
   (2016年現在、経営状態は安定している)
   (2016年現在、男女数はほぼ同数。女性の年齢層は、1999年頃より、やや高くなり、平均的になった。大部分が20‐50歳代)。
   (2016年現在、常習窃盗の問題を持つ女性が多い)。
   (2016年現在、経営状態は安定している)  [TOPへ]


【 文 献 】

1) 波田あい子:赤城高原ホスピタル ── リゾート・ホテルタイプのアルコール症専門病院 ──(ともに過ごす場、ともに過ごす人).アルコール依存とアディクション, 9(2); 88-90, 1992.

2) 竹村道夫:赤城高原ホスピタルの1年,地域アルコール対策「仲間と共に歩む会」編『アルコール問題を考える本』所収,川島書店,東京,1992.

3) 竹村道夫:アルコール専門病院の立場からみた保険医療.
アルコール依存とアディクション, 12(3); 175-180, 1995.
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または、昼間の時間帯に、当院PSW(精神科ソーシャルワーカー)にお電話してください ⇒ TEL:0279-56-8148

何じゃっ子AKH 文責:竹村道夫(1999/3)


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