【緊急提言:アルコール医療への差別に反対する】  赤城高原ホスピタル

(改訂: 04/04/02)


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報告:アルコール依存症治療への差別是正


[急性期入院料からアルコール依存症を除外]

 政府の医療費削減の大号令を受けて、現在、平成14年度診療報酬改定(平成14年4月1日から実施)の作業がおこなわれています。2月末現在、すでにその骨子が出来上がっていますが、その中で、アルコール医療に差別的対応を導入しようとする施策が計画されていることがこのたび明らかになりました。

 平成14年度社会保険診療報酬等の改定概要 (PDF:63KB、9ページ)によると、精神科急性期病棟入院料要件の見直しの項目があり、そこに「アルコール依存症等の患者について対象から除外」という変更が記載されています。

 精神科急性期病棟入院料というのは、一定の設置基準に適合していると認められた精神科急性期病棟に、急性期の精神障害患者を入院させて急性期の治療をした場合に、3ヵ月以内に限って一定の入院料(一般の入院料よりやや高めの包括的医療費)を支払うというものです。

 今回の改定は、この対象患者から「アルコール依存症等」を除外しようというものです。「等」が具体的に何を指すのか、合併症として、たとえば、うつ病やアルコール精神病、人格障害などほかの精神疾患が合併していたら対象として認めるのか、といったことは目下のところ不明です。

 多分、「アルコール依存症等」は、DSM-IV(アメリカの精神疾患診断統計マニュアル)の物質使用障害、つまりアルコール、薬物の乱用と依存で、他の精神疾患合併症なしの場合を意味し、これを精神科急性期病棟入院料対象から除外しようというものだと思われます。

 これが実行されれば、アルコール依存症患者で他の精神疾患合併症のない場合は、急性期病棟に入院できず、仮に入院しても医療費支払いについて他の精神疾患患者とは別扱いになります。アルコール依存症等患者に限り、たとえどれほど重症でも、自殺未遂直後でも、家族問題や身体疾患合併などで他の疾患に比べて余計に治療の手間がかかっても、他の精神疾患に比べて安い金額(出来高払い)しか支払い基金から保険医療費が医療機関に支払われません。

 なぜ全精神疾患から区別して「アルコール依存症等」を除外しようというのでしょうか。この表現では、精神障害医療の中でアルコール医療を差別的に待遇しようという意図としか考えられません。

 このことはまた、アルコール依存者への偏見を強め、結果的には医療費抑制につながらず、むしろ医療費乱用につながるので、近年の医療行政施策に逆行する改定案と言わざるをえません。


[間違った施策はアルコール依存症否認を強める]

 そもそも、アルコール依存症患者は日本全国に少なくとも240万人いるといわれますが、その大部分が「アルコール依存症」という診断をつけられていませんし、したがってアルコール依存症の治療も受けていません。多くの方が、アルコール関連医学問題で治療を受け(医療費を消費し)ながら、その根本問題である依存症の治療を受けていないのです。

 このような状態で、もし上記のような改定がなされたら、それは当然、医師の「アルコール依存症」という診断をつける行為を抑制するでしょう。酒を飲みすぎる抑うつ患者も、依存症に伴ううつ状態も、「アルコール依存症」ではなく「うつ病」と診断されるでしょう。

 アルコール依存症は、アルコールという物質の使用にかかわる精神疾患です。WHO(ICD-10)でもアメリカ、日本の精神医学界でも、精神保健福祉法でも認められた精神疾患ですが、一般人からはこれまでしばしば道徳の問題だとか、意志の問題だとか、という誤解を受けてきました。この誤解は、現在でもこの精神疾患に対する社会の「否認」と「偏見」として生き残っています。

 もしも、今回の改定がそのまま認められるようなことがあれば、「アルコール依存症」は、精神障害全体の中でワンランク下の病気と考えられるようになるかもしれません。それは医療の中の「アルコール依存症」否認を強め、社会の「否認」と「偏見」を強め、患者や家族の「否認」を一層強めることになるでしょう。

 「アルコール依存症」は、依存症の専門治療(精神科治療)を受けない限り回復せず、いろいろなアルコール関連疾患で医療費を食いつぶします。「アルコール依存症否認」は、結局は高くつくことになります。


[トラブルと身体疾患を抱えた精神科救急患者]

 入院時のアルコール依存症患者の大部分は「トラブルと身体疾患を抱えた精神科救急患者」です。たとえば、脱水状態、水分過剰、低血糖、嘔吐、下痢、吐血などを伴う重症患者も少なくありません。このほか可能性としては、電解質異常、全身の臓器疾患、重症代謝疾患(肝硬変、糖尿病、痛風など)の合併、頭部外傷、意識障害などを考慮する必要があります。
 さらに患者はしばしば酩酊しており、時に暴力的です。治療に非協力的なこともあります。「振戦せん妄」といわれる重症の離脱症状を伴っていることもあります。そのうえしばしば病歴が不詳です。また家族関係が悪いことが少なくありません。家族自身が病気のことも多く、このような場合には家族からの病歴聴取も困難です。
 このような状況のため、入院治療では、特に入院初期に集学的検査・治療と管理などのために他の疾患の治療時にはみられないマンパワーが必要になります。

 具体的には、アルコール依存症患者の入院治療では、以下のような対応や処置が必要です。



 さらにアルコール依存症患者の入院治療では、次のような問題があり、その対応が必要になります。



 現状では、これらアルコール症の治療につきものの看護、管理費用の大部分が、診療報酬の裏付けのない治療者の熱意に支えられています。

 今回の改定以前には、精神科急性期病棟の適合条件をクリアーできた病院では、対象患者に関しては精神科急性期病棟入院料を受けることができ、かろうじてこれらの費用の一部が賄われてきたのです。

 このたびの改定(案)には、アルコール症患者の「回転ドア現象」(再入院を繰り返すこと)を抑制しようという意図があるかもしれません。けれども、アルコール症患者の再入院傾向は「長期強制入院」の誤りを修正することから生じた現象なのです。短期の入院を繰り返す過程で、患者の否認を打ち破り、家族構造に介入して変化を導入し、回復に導くのです。

 急性期の医療費が高いとは言っても、最高3ヵ月以内ですから、時には数年以上になる長期入院より全体としての医療費ははるかに安いはずです。アルコール医療では、その短期の入院期間内に集中的に身体的治療や精神的治療を施すので、医療の密度が濃いのです。

 実際、アルコール症治療病棟では、一般精神科病棟とは比べ物にならないくらい治療スタッフが忙しい思いをします。だからアルコール医療の現場ではしばしば治療スタッフの「燃え尽き症候群」が問題になるほどです。

 このようにアルコール依存症治療は、単なる飲み過ぎ患者や二日酔い患者の解毒のための点滴治療とは根本的に違います。[TOPへ]


[虐待、DV、ひきこもり、触法患者などにも関係]

 アルコール依存症の患者は、精神病院に入退院を繰り返している患者や昼間から酔って徘徊している一握りのドヤ街アル中だけではありません。アルコール依存症患者の死亡率は高く、平均寿命は52歳です。入院治療が必要な程度のアルコール依存症患者では、治療を怠ればおそらく1年間に5%以上の患者が死亡するでしょう。そして、それらの患者の中心は、中年期から老年期の円熟期労働人口です。

 アルコール依存症患者の周りには、家庭の悲劇がつきものです。昨今注目されている、家計を支える親の自殺、子供の虐待やドメスティックバイオレンスの問題にもしばしばアルコール問題が絡んでいます。

 また近年、精神障害者の犯罪への対応にマスコミの話題になりますが、アルコール依存症治療は社会防衛上からも極めて重要です。たとえば昨年、群馬県下の精神病院入院通院患者における触法患者の調査(受診前の病歴調査)が群馬県精神保健福祉センターの主導で行われましたが、赤城高原ホスピタル(アルコール専門病院)の患者層における触法患者事例は群を抜いて高率でした(結果は未発表)。飲酒運転、傷害、性犯罪、放火、殺人、万引などアルコールに絡む犯罪は枚挙にいとまがありません。

 アルコール医療軽視のつけは、結局その何倍にもなって社会に返ってくるでしょう。


[薬物乱用、薬物依存症治療にも被害が及ぶかも]

 今回の改定文の「アルコール依存症等を除外」という「等」が薬物乱用、薬物依存症を含むとすれば、これはこれで大変な事態です。現在でも、トラブルが多くて手間がかかり、割の合わない薬物乱用、依存症治療を担う医療機関は赤城高原ホスピタルなど、全国に数えるほどしかありません。

 赤城高原ホスピタルを例にとると、全国の患者や家族から問い合わせがあり、関東近辺の公立精神病院からもしばしば入院紹介があるような状況です。

 周知のように、薬物乱用者は、この数年増加の一途をたどり、社会的な問題になっています。これらの数少ない医療施設が薬物乱用者の治療から撤退すれば、この国はこれらの患者の治療と社会復帰に関してこれからどういう対策をたてるつもりでしょう。 [TOPへ]


[繰り返されるアルコール依存症治療への無理解]

 今回の事件は今から10年前の出来事を思い起こさせます。1992年3月、赤城高原ホスピタルは監督官庁から「精神障害のうち、精神療法を算定できるのは、統合失調症(精神分裂病)、躁欝病、精神神経症に限られ、アルコール依存症は含まれないので、この分の医療費を返還すること」という指示を受けました。到底納得できない処置なので、当院では厚生省(当時)医務課に問い合わせました。伝え聞くところによると、当時この件に関しては、地域によって取り扱いに差があり、アルコール依存症の精神療法が問題なく算定される地域、病名がアルコール依存症だけではだめで、合併症として神経症をつけておけばよいという地域、精神病質合併ならよいという地域、アルコール精神病なら通るという地域など、さまざまであったようです。

 同年6月に札幌でおこなわれた第14回アルコール関連問題学会の第1分科会、「アルコール医療は成り立つか? ― 医療経済を考える」で、この経過を報告したところ、このような問題を検討し、学会として対処してゆくために、アルコール医療経済小委員会を作るべきだということが学会理事会で決議されました。委員会は7回の討議を重ね、「我が国の今後のアルコール関連問題対策と診療報酬体系について」という報告書をまとめ、関連団体を通じて厚生省(当時)に提出しました。われわれの報告と要望が容れられたのか、1994年4月の医療費改定では、通院精神療法の適応症としてアルコール依存症が明記されたばかりでなく、入院集団精神療法などが点数化されました。

 このようにアルコール依存症は、過去にも何度か精神障害から区別されて、差別的に扱われてきました。これらの差別の原因が「常習的酩酊者は精神疾患じゃない」という程度の認識にあるとしたら、それは恐ろしい誤解というほかはありません。


[アルコール依存症治療は、慢性精神障害治療のモデル]

 30年以上も昔、アルコール依存症患者も慢性の精神分裂病患者のように精神病院に長期間収容されていた時代がありました。その頃から比べると昨今のアルコール依存症治療は様変わりです。基本的に外来通院で維持し、家族を治療対象に含め、自助努力を強調し、薬剤やベッドだけでなく広い視野から治療をする、必要なときに必要な期間だけ集中的に短期入院治療を行う、という治療方式は、入院患者の平均在院期間が1年を越すことが多い日本の精神病院での慢性精神障害治療の改革のモデルになりうると言われています。

 再入院が多いからといって、アルコール医療を蔑視するかのように、他の精神疾患から差別してよい訳はありません。

 今回の改定によって、「アルコール依存症等」を急性期治療対象から除外したからといって、これらの患者が存在しなくなるわけではありません。治療されない「アルコール依存症等」の患者は、上記のようにアルコール関連臓器疾患を通じて医療費を浪費するばかりでなく、虐待、DV(ドメスティックバイオレンス)、犯罪などを通じて社会にその害毒を広げるでしょう。

 以上のように、どこから見てもアルコール依存症等を他の精神障害から区別して扱う理由はありません。

 厚生労働省が、国民の健康を守り、医療費を抑制するという基本的観点から、この改定案を見直し、急性期治療病棟入院料対象からアルコール依存症等を除外するという条文を削除することを信じたいと思います。


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上記のアルコール依存症治療への差別的条文は、平成16年度医療費改訂時に是正されました。→報告:アルコール依存症治療への差別是正  [TOPへ]


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AKH 文責:竹村道夫(02/02/28) 


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