dairynews 2001.12(上) Vol.21 No.23
異常風味乳と給与飼料

群馬県中部農業総合事務所

家畜保健衛生部 野呂明弘

 

異常風味乳とは

牛乳の風味について日本農林規格では原乳の特等、一等乳は「新鮮良好な風味と特有の香気を有し、飼料臭、牛舎臭、酸臭その他の異臭、または酸味、苦味、金属味その他の異味を有しないもの」と規定しています。

牛乳の異常風味については日本においては大規模な調査、研究は行われていないのが現状ですが、量的な問題から質的な問題に関心が向けられている今日、生乳の風味も重要な検査項目の1つといえます。消費者は良い風味の牛乳を求めているのは当然のことです。したがって、酪農家の皆さんは自分の農場から生産される生乳の風味を自分で把握することも風味対策のひとつであり、特に敏感であろう子供や10代の少年が自分の牧場の牛乳を飲むのを嫌がったら要注意といえます。

この異常風味乳は、その発生原因によってアメリカのディビスにより細かく分類されています。1つには生理的に起る異常風味があります。これには過剰な乳牛臭、飼料あるいは雑草臭があります。次に、酵素的異常風味ですが、これはランシッドつまり脂肪分解臭のことです。また、化学的原因によって起る異常風味には酸化臭、日光臭、加熱臭があります。細菌増殖が原因として起る異常風味としては酸臭、麦芽臭、不潔臭、果実臭があります。その他の異常風味としてフェノール臭、ペンキ臭、石油臭、洗剤臭、塩素臭があります。

 

どうして発生するのか

まず、生理的異常風味ですが、乳牛臭は酪農家の皆さんには経験があるケトーシスが要因として挙げられています。ケトーシスになると体の中にアセトン体が作られますが、これが血中から乳汁に移行して乳牛臭が強くなります。対策としてはケトーシスの予防治療ですが、牛群全体がケトーシスに罹患することは考えられませんので、個体乳では問題とはなってもバルク乳で問題となることはないでしょう。しかし、牛群での分娩時期の偏り等によっては、バルク乳においてもその発生の可能性も考えられます。

また、飼料臭の発生は、その飼料の摂取量に左右され、主に各種サイレージ、青刈飼料で問題になります。当然、その多給により起き易く、特に搾乳1〜2時間前の給与により大きな影響を受けます。牛乳への移行経路は消化管から血液を経由する場合と牛舎内において搾乳後に直接吸収される場合が考えられますので、牛舎環境の衛生改善も重要です。

雑草臭は飼料臭と同様の移行経路で発生します。その雑草の種類はキク科(ぶたくさ、はるじおん、西洋のこぎりそう、ふじばかま、よもぎぎく等)、アブラナ科(からしな、なずな、すずな等)、ユリ科(にら、にんにく、ねぎ、たまねぎ等)、セリ科(せり)、キンポウゲ科(りゅうきんか、きんぽうげ、うまのあしがた)、タデ科(やなぎたで、すいば)と多種多様に渡り、異常風味の原因だけでなく、牛の中毒、栄養障害を伴う場合もあります。

酵素的異常風味である脂肪分解臭は、牛乳本来が持っている酵素であるリパーゼが何らかの要因で活性化されて乳脂肪が分解され酪酸などの揮発性の低級脂肪酸が遊離するのが原因と考えられています。乳脂肪は2重結合をもっている不飽和脂肪酸ともっていない飽和脂肪酸に分けられ、これらの脂肪酸は炭素数によって炭素を4個もつ飽和脂肪酸である酪酸から炭素数を20個もち2重結合を2つもつ不飽和脂肪酸であるリノール酸等の14種類以上の脂肪酸で構成されています。牛乳は人乳に比較して酪酸などの低級脂肪酸は多い傾向にあるものの、リパーゼが活性化されてしまうことにより異常に多くの低級脂肪酸が遊離してしまう訳です。この脂肪酸というのはその炭素数が多くなるにつれて無味無臭ですが、逆に炭素数が少なくなるにつれて臭気があります。この炭素数の少ない脂肪酸増加の要因としては、微生物の増加によってリパーゼが大量に生産され、これが脂肪を分解する場合、牛個体のリパーゼ含量が多い場合、そして牛個体のリパーゼは正常量であってもその活性化する物質が多い場合が考えられます。なお、野外で発見される脂肪分解臭には冷蔵して1〜2日に自然発生するタイプと、牛乳の攪拌、加温冷却処理等の人為的要因で発生するタイプに分けられます。人為的要素による脂肪分解臭の防止には牛乳の激しい攪拌や泡立ちの防止により防ぐことが可能です。しかし、問題となるのは自然発生的に生ずるタイプの脂肪分解臭であり、濃厚飼料、特に紛飼料、ビートの多給や低エネルギー飼料の給与により起きやすいと言われています。

化学的異常風味である酸化臭ですが、これは牛乳の脂肪球膜の部分に酸化されやすい脂肪酸(不飽和脂肪酸)がその構成々分としてあり、これが酸化されることによって起こります。集乳から加工までの貯蔵時間が長い場合に問題になり、特に48時間以上経過すると顕著な風味変化がみられます。特に要因として考えられているのはビタミン類の豊富な緑餌、牧草の給与不足と大豆、加熱大豆、綿実および植物性油をサプリメントとして飼料に与えている場合です。これらサプリメントの油脂は酸化を起こしやすく、体内を通過して乳汁中に直接移行します。また、この酸化を防止する抗酸化剤としてビタミンEが豊富に含有されている粗飼料の不足が同時に起ると発生をみる傾向が強いといえます。つまり要因としては脂肪分解臭と同様に濃厚飼料多給が上げられるとともに、抗酸化物質であるビタミンEの少ない飼料給与が考えられます。なお、アメリカでは酪農家が飼料給与の改善を実施しても酸化臭が消失されない場合にのみビタミンE剤を牛に使用しているようです。

その他の化学的要因により発生する異常風味としては日光に牛乳をさらした際に発生する日光臭、市乳の加熱殺菌処理によって生ずる加熱臭があり、発生防止には適正な生乳管理が必要となります。

細菌性異常風味には乳酸菌、大腸菌群、低温細菌等色々な細菌による酸臭、麦芽臭、不潔臭、果実臭があります。この防止のためには原乳の細菌汚染防除とともに、バルク冷蔵温度の適正化に注意を払う必要があります。

その他の異常風味にはプラスチック容器使用によるフェノール臭、ペンキ塗りたての牛舎から移行したペンキ臭、石油燃料、洗剤、塩素殺菌剤に由来する石油臭、洗剤臭、塩素臭がありますが、これらの異常風味の発生は管理失宜による範疇にはいるものであり、日光等の光直射からの遮断や洗剤、塩素剤の残留排除により発生防止は簡単に実施することができます。

発生原因と飼料給与の関係

今まで述べたように異常風味には種々の原因があるわけですが、その中で特に飼料給与に関連した異常風味は脂肪分解臭と酸化臭といえます。

@過去に群馬県で発生した異常風味乳

昭和62年2月13、23、26日、県内工場に搬入された原乳の風味に異常がみられ加工乳処理となりました。また、2月27日東京の工場に送り込まれた牛乳が風味異常として受乳拒否を受け、長い間信頼の上に築かれていた取引システムに大きな亀裂が走る結果となりました。発生地域も日がたつにつれ広域化の様相を呈し、当該農家には不安と焦燥などの混乱が生じ、また連日牛乳の廃棄が続く中で、公害問題も懸念される状況となりました。その風味回復に要した日数には大きなバラツキがあり、地区により風味異常に対しての対応の違いがみられたものの、ほぼ20日間程度で80〜90%の農家において回復が見られる傾向にありました。

A県下に発生した異常風味乳の特徴

当時問題となった生乳は@乳質乳成分などは正常であるが、風味にのみ異常が認められた。Aその風味は搾乳直後にはみられなくて24〜48時間経過しないと異常が認められない。B風味は青臭い豆乳様風味であり、時間の経過とともに強くなった。という本来の牛乳らしい味、臭いを持ち合わせていない不快な牛乳が生産されてしまう結果となりました。なお、異常風味乳調査の後半以降になると苦い、酸っぱい等の潜在性乳房炎乳、末期乳、アルコール反応安定乳なども風味異常として取り扱われました。

B県下での風味異常発生農家の共通点

異常風味乳発生農家のそのほとんどが高泌乳酪農志向の農家であり、経営者が比較的若い階層あるいは意欲的な階層に発生がみられています。飼料給与面では濃厚飼料過給あるいは給与量の不足(給与量が大雑把になっており、特に泌乳中期以降にその傾向が強い)と粗飼料の採食不足(計算上は充足しているものの残飼量を計算していない場合や飼料給与順序を濃厚飼料から給与し始めているため、いつも餌槽には粗飼料が残っている)が顕著に認められました。なお、粗飼料の粗繊維率については飼料計算上においては充足しているものの、その内容は微細な繊維である場合が多いことが聞き取り調査において判明しました。飼養管理面では牛と接する時間が短く(当時、特にゴルフが盛んであった)、牛の観察不足も指摘されていました。また、一部の農家においては、搾乳牛と肥育牛の混在飼育、変則飼育あるいは泌乳期間が長期にわたっているための末期乳の存在が認められました。

C風味異常乳発生農家の給与飼料

先に説明した様に、風味異常調査の後半になると色々な風味異常が取り扱われてきました。そこで、給与飼料の説明では、特に大きな問題となった初発である豆乳様異常風味発生農家についての給与飼料状況を中心として解説(飼料の仕分けについてはコーンサイレージ、ヘイキューブ、ビートパルプは粗飼料として、粕類、アルファルファペレット(デハイ)は濃厚飼料として取り扱った)します。

発生農家においては濃厚飼料給与面では自家配飼料給与農家が多く、濃厚飼料の種類数も他の地区に比較して多い傾向でした。それに対して、粗飼料面ではその種類数が少なく、特にそれは乾草給与面に顕著に認められていました。しかし、飼料計算上では発生農家においても特に問題はなく概して優等生的な結果で(図1〜7)あり、濃厚飼料多給傾向はみられたものの、特定のサプリメントを多給している状態は認められませんでした。

また、1農家のみでしたが、風味異常発生農家において極端な低エネルギー飼料給与農家が存在していました。この農家の飼料給与状況は配合飼料(7Kg)、コーンサイレージ(4Kg)、ビートパルプ(4Kg)、ヘイキューブ(2Kg)、稲ワラ(2Kg)であり、乾物摂取量の低下とともにTDN充足率は92.9%でした。そのため、当該農家に対しては粗飼料を含めての適正給与量を示し、指導した結果、異常風味は6日間で回復しました。

D異常風味乳発生農家の血液胃液所見

血液所見では総コレステロール、リン脂質、中性脂肪濃度が極端に高い値を示す牛が多くみられるとともに、GOT、?-GTPの酵素活性も高く肝臓機能が亢進している状態が窺われました。第1液所見は正常な乳牛とは異なり、第1胃内揮発性脂肪酸の産生量の低下とともにその組成では酢酸量の低下とプロピオン酸の増加から肥育末期にみられる肉牛の第1胃液所見に酷似するものでした。さらに、採取した第1胃液表面に油膜が浮かぶ検体が多数みられました。

E異常風味乳の生乳中脂肪酸組成

異常風味乳の脂肪酸組成を分析した結果、酪酸の占める割合が有意に高いことが明らかとなりました(図8、9)。また、生乳脂質成分を分画した結果では異常風味乳から遊離脂肪酸が明瞭に検出され、その分画の脂肪酸組成はほとんどが酪酸で占められていました。この結果は、今回の異常風味の原因は乳脂肪が冷蔵保存中に分解され、酪酸が生乳中に遊離した脂肪分解臭であることを示しています。

H脂肪分解臭の発生誘因

では、この脂肪分解臭はどのような機序で発生してしまったか、この誘因が判明すれば対策にもなるわけです。そこで、異常風味乳の先進国である欧米の文献を探しました。その中に飼料にパルミチン酸を添加して牛に給与した場合、産生された生乳中脂質が脂肪分解され遊離脂肪酸含量が明らかに増加することが報告(J.Dairy Res.1980)されていたのです。この報告はパルミチン酸の給与によって脂肪を分解する酵素であるリパーゼの活性化因子が血中に増加し、それが乳汁中に移行するため生乳中の脂肪が分解されるというものでした。このパルミチン酸というのは炭素数16個の飽和脂肪酸であり、濃厚飼料的な飼料に多いことが知られています。

そこで、初発地域における牛群の第1胃内高級脂肪酸組成(図10)を調査しました。この調査の目的は第1胃内の高級脂肪酸というのは飼料中脂肪酸の影響を強く受けているため、牛が食べている飼料の全体像を把握するためです。その結果、発生牛群の第1胃液中のパルミチン酸割合が高いことが判り、濃厚飼料多給の結果と考えられました。また、1農家にみられた低エネルギー飼料給与では当然のことながら、濃厚飼料多給傾向、パルミチン酸多給傾向は給与飼料中からは推察できません。しかし、牛の絶食時あるいは飢餓時には血中のパルミチン酸が増加することは知られており、低栄養状態においても結果的には濃厚飼料多給と同様なパルミチン酸多給の傾向になり、生乳の脂肪分解が発生したものと考えられます。

 

おわりに

群馬県では異常風味乳の初発生がみられた2月初旬以降、県下酪農家の合乳を対象として風味についての官能検査が実施されました。その結果、県下107戸のバルク乳で異常風味が認められる結果となりました。この現象というのは言葉は適切ではないものの、異常風味の後になっての話題となりますが、一時大問題となった病原性大腸菌O-157の検出状況に酷似している印象を受けました。この病原性大腸菌により亡くなった方は本当にお気の毒でありますが、決してこの病原性大腸菌による食中毒がその当時爆発的に増加した訳ではないと考えています。依然としてサルモネラ等による食中毒が被害としては大きい、しかし、病原性大腸菌検出状況ばかりが取り上げられる。これは遺伝子検査を含めて当時O-157の検出感度、方法が飛躍的に進化したこともあいまって、疑わしいものにはすべてこの検査を充ててみた。その結果、病原性大腸菌ばかりが分離、検出されてきた。異常風味においても同様に、色々の地区の検査を実施していったら、どの地区でもどの地区でも異常風味の農家が摘発されていった。いままでは検査をしなかったから、例え若干の異常風味があってもローリー単位のなかで風味の問題は掻き消されていった、と考えられる結果でした。たまたま、今回は初発の1地区で異常風味を呈する農家が集まってしまったからローリー単位でもその風味が薄まらなかった、言い換えれば今までは問題にならなかっただけで、検査をしてみたら程度の差こそあれ、多くの農家において風味の問題は存在していたのであろうと思われました。

事実イギリスやアメリカではこの県内初発生の時点より30数年前から生乳の異常風味は大問題となっており、1960〜1970年代にかけて広範囲な調査も実施されてきました。そのなかには、イギリスのウェールズ地方の調査では夏に乳牛臭が多く、脂肪分解臭と酸化臭、飼料臭は冬に多い傾向にあったという報告、ニューヨーク州では工場受入合乳生乳の20%強が風味評価で不良を呈し、飼料臭、不潔臭、酸化臭、脂肪分解臭を持つ異常風味が出現している報告等があり、それらの防除対策が講じられてきました。したがって、欧米型の高泌乳志向を目指してきた日本の酪農にとっては、欧米と同様にこの生乳の異常風味の問題は避けて通れない道だったのかも知れません。

群馬県ではこの初発事例以降、各集乳団体等が中心となり、乳成分、生菌検査とともに自主的に生乳の風味検査を実施しています。以後、この15年間にわたり1度だけ異常風味乳で問題となった地域が1時点、1地区あったものの、これ以外は全く問題となっていません。というのも、群馬県は北海道とは異なり、地理的な好条件を生かした生乳で勝負する酪農県です。したがって、生乳の量的な追求をするとともに風味を含めた生乳の質的問題も非常に重要である、ということを群馬県下の酪農家が身をもって、大きな犠牲を払って体験した結果であろうと考えています。

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