【 トラウマと解離性精神障害 】
(改訂: 04/06/21)
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[解離症状の実例]
[虐待被害者の声]
[PTSD]
[解離性同一性障害]
[クロス・アディクション、仲間からのメッセージ]
[ 解離とは、解離性障害、外傷性精神障害 ]
私たちが物事を体験するとき、その体験には幾つかの要素あるいは側面があります。それは、その体験と過去の記憶との照合、他人でない自分がそれを体験しているという感覚、その体験から受ける知覚、感情、そして自分の身体を自分が支配しているという感覚などです。解離現象、あるいは解離状態では、それらの一部が統合を失い、意識化されなかったり、感じられなかったり、なくなったように感じられたりします。
たとえば、次のような状態です。ぼうっとしている状態、空想にふけっている状態、白昼夢のような状態、何かにとりつかれているかのような状態、人が変わったように荒れ狂っている状態(怒り発作)、狂乱状態、ある種の記憶障害(心因性健忘、解離性健忘 Dissociative
Amnesia)、心因性とん走(解離性とん走、Dissociative
Fugue)、離人症状態、多重人格など。要するに、解離状態というのは、日常的非病的な現象から、重症で病的な現象までの連続性を持った心の状態で、意識、記憶、同一性、知覚などの統合が崩壊する、互いに類似性を持った広範な状態像の総称です。これを解離スペクトルム(Dissociative
Spectrum)と言います(Braun, B. 1988)。
この解離現象が、心的外傷後の重症の精神障害に特徴的な症状なので、解離性障害は、(心的)外傷性精神障害と重なることになります。前者が症状記述的用語で、後者が病因指示的用語です。「解離」というのは、心的外傷(トラウマ)によっておこる精神障害を理解するうえでの鍵概念ともいえます。なお本来トラウマは、心的外傷つまり、心の傷の事で、その原因となる体験ではありませんが、現在の一般用語としては、心の外傷をおこすような体験のほうをトラウマと呼びます。
トラウマに関連した解離は、成人でも見られますが、とくに幼児では、痛みや悲しみを伴うような耐えがたい状況に対する普通の自然な防衛機構です。幼児期に虐待のようなトラウマにさらされ、解離の習慣を身につけた子供は、成人してからのトラウマに対しても解離しやすい脆弱性を持つと考えられます。
なお、解離ではなく、乖離ではないか、というご質問(メール)を何度かいただきましたが、解離性障害は、そもそもが英語の
Dissociative Disorders の翻訳ですから、DSM-III(アメリカの標準的診断基準)の翻訳(1980年)をした人が、難しい「乖離」より、易しい「解離」を選んだ時から、後者が定着したのではないかと思います。精神医学用語としては、現在は「解離性障害」しか使われないようです。
一般人口の約6%の人が、高い解離傾向(3種類以上の高頻度の解離症状)を持っているという報告があります(Mulder,
RT 1998)。 [TOPへ]
[DSM-IVによる解離性障害の分類](この項目、やや専門的です)
アメリカの精神障害診断統計マニュアル、DSM-IV(1994年)では、解離性障害(Dissociative
Disorders)の章に、解離性健忘、解離性とん走、解離性同一性障害(多重人格)、離人症性障害、特定不能の解離性障害の5つをあげています。
ただし解離性症状は、上記の5つの精神障害以外でも心的外傷体験に関連した多くの精神障害で見られます。特に急性ストレス障害(ASD;
Acute Stress
Disorder)、外傷後ストレス障害(PTSD)、
および身体化障害の診断基準の中には解離性症状が含まれていますし、転換性障害(Conversion
Disorder;心因性の運動麻痺、感覚麻痺、けいれんなど)も解離現象と密接な関係があります。しかしこれらの精神障害はいずれも解離性障害の章には分類されず、PTSD
とASD は、不安障害の章に、身体化障害と転換性障害は身体表現性障害(Somatoform
Disorders)の章に分類されています。
[心的外傷後に起こりうる精神障害]
心的外傷後に起こりうる精神障害としては、上記の5つの解離性障害のほか、解離症状関連疾患として、外傷後ストレス障害(PTSD)、急性ストレス障害(ASD)、身体化障害、転換性障害などがあり、さらにこれら解離現象に直接関連した精神障害以外にも、うつ状態、パニック障害、行動障害、適応障害、摂食障害、自傷行為、境界性人格障害、アルコール・薬物乱用を初めとする嗜癖性疾患など、多数あります。
[解離性健忘 Dissociative Amnesia]
解離性健忘では、個人の重要な体験(通常は外傷的体験)の追想が不可能になります。一般的には、その人の生活史の一部が思い出せないという体験として現れます。解離性健忘は幼児期の虐待のほか、戦争体験、大災害、大事故、レイプなどの際にも起こります。患者は外傷的体験そのものは想起できなくても、抑うつや感情喪失感などを体験し、外傷的体験を思い出させるような音や光,臭いやイメージによって強い不快感や恐怖感を持ちます。つまり解離した記憶は忘れられたのではなく、意識下で生きて活動しているのです。
[解離性とん走、Dissociative Fugue]
解離性とん走では、予期していない時に突然、家庭や職場など、日常活動の場から離れて放浪し、過去の一部または全部を追想することができなくなります。
[解離性同一性障害、Dissociative Identity
Disorder]
解離性同一性障害は、以前(1994年以前)は多重人格性障害(Multiple
Personality Disorder)と呼ばれていました。2つまたはそれ以上のはっきりと区別される同一性または人格状態がみられます。一般に12歳以前(多くは5歳以前)の虐待体験によって発症すると言われます。
[離人症性障害、Depersonalization Disorder]
離人症性障害では、自分の精神過程または身体から遊離して、あたかも自分が傍観者のように感じることを持続的または反復的に体験します。非現実感、自己疎隔感、自己身体の自己所属感の喪失、自己と外界を隔てる薄い膜、感情喪失感などの形で表現されることもあります。[TOPへ]
[解離性フラッシュバック、Dissociative Flashback]
これは診断名ではなく、解離性症状のひとつです。外傷体験とよく似た感覚刺激(音、色、臭いなど)がひきがねになって、外傷的体験がいま現在起こっているかのように再体験します。患者は連鎖的に、恐怖、羞恥、怒りなどの情動反応、身体反応(動悸、痛み、過呼吸、咳き込みなど)と原始的情動反応(錯乱や情動麻痺など)を引き起こします。患者はしばしばこの一連の出来事の想起ができません。
[解離症状の測定ツール](この項目、やや専門的です)
解離体験尺度、または解離性体験スケール(DES; Dissociative Experience Scale)(Putnam, 1989.)は、解離症状の重症度を測定する尺度としてよく使われます。自己回答式ですからスクリーニングに適しています。このほか、Dissociation Questionnaire、Questionnaire of Experiences of Dissociation などのスクリーニングテストがあります。また、解離性障害の構造化面接(SCID-D; Structured Clinical Interview for DSM-IV Dissociative Disorders)(Steinberg, 1990,1991)は、解離症状を5つの中核症状(健忘、離人症、現実感喪失、同一性混乱、同一性変容)に分けて臨床家が聴取する面接法です。
[ 外傷性精神障害の歴史 ]
社会精神医学の領域では、近年外傷性精神障害に徐々に注目が集まるようになってきましたが、これは比較的最近のことで、約20年前まで、外傷性精神障害は外傷神経症という用語で代表され、そこで問題となるのは戦争神経症やホロコーストの後遺症などに限定されていました。1970年代半ばにレイプ被害者の調査がアメリカで報告され、この被害者たちにも、戦争神経症と同じような症状がみられることから、両者は同質の疾患と考えられるようになりました。それが一つの契機になって、外傷後ストレス障害(PTSD)という疾患概念が成立しました。
その後、一般人口の幼児虐待の調査、正常者と精神障害患者にみられる過去の虐待の比較などが報告され、実態が知られるにつれて、精神障害に及ぼす外傷体験(トラウマ、Trauma)の重要性を治療者や研究者が認識するようになりました。この中でも特筆すべきなのは多重人格障害(解離性同一性障害)です。最近の大規模調査研究(アメリカ)では、多重人格における児童虐待の既往は、性的虐待が70-90%、身体的虐待が60-80%でした。日本の小規模報告でも、ほぼ同様の結果が報告されています。[TOPへ]
[ 幼児期の性的虐待、虚偽の記憶症候群 ]
トラウマの中でも、幼児期の性的虐待は、その後遺症の深刻さのゆえにとりわけ注目されています。ところで、性的虐待の調査には、いくつかの困難があります。まず、犠牲者の多くがその事実を恥じていて、話したがらないということです。また、深刻な性的虐待では、心因性(解離性)健忘がしばしばおこり、犠牲者が実際にその事実を思い出せないし、仮に思い出してもその回想が断片的、象徴的で写実的でないということが多いのです。さらに、性的虐待の定義も細部まで決めるとなると難しい点があります。
記憶障害のために虐待の事実が見逃される可能性の一方で、最近話題になったように、「虚偽の記憶症候群、False
Memory Syndrome; 略称 FMS
(実際には無かった虐待をあったと信じこむこと)」も報告されています。
性的虐待の事実の確認は一般に困難です。筆者自身の臨床経験では、やや重症の摂食障害患者を診ることが多いのですが、性的虐待を報告する女性は、3、4割もいます。
ところで、幼児期の性的虐待においては、必ずしも暴行や脅しを伴うとは限らず、幼児は刺激によって性的興奮や快感を体験し、あるいは親密な人間関係を壊すことを恐れ、しばしばそのような身体的接触の機会を持ち続けようとします。そしてその時点では、それを苦痛と感じていない場合もあります。そういう場合でも、その体験の意味が分かるにつれて、犠牲者はその事実を恥じるようになり、苦しむようになります。それはその体験が本来起こってはならないことで、自分の体が尊重されず、自他の境界が侵略され、他人の欲望のために自分の体が使われ、興奮させられ、それを受け入れざるをえなかったということが、外傷になるのです。加害者が親か親族の場合には、信頼すべき人に裏切られたという思いが加わります。
このほか性的虐待に関しては、幼児が疑問に感じ、あるいは苦痛を感じた時に、それを打ち明けても良いような家庭状況であったかどうか、打ち明けることができたかどうか、話したときに、打ち明けられた人が被虐待者を責めず、共感的に対応し、優しく対応してくれたかどうかということが、その幼児が後遺症をおこすかどうかに大きな影響を与えます。
[ 虐待、解離症状、自傷行為、自殺行為、暴力、攻撃性
]
身体的虐待、性的虐待と自傷行為、自殺傾向、攻撃的傾向、暴力はそれぞれ密接な関係があります。一般人口中で、解離症状が高い人は、虐待を受けている傾向が高い。逆に虐待を受けている人は解離症状を持ちやすい。解離傾向が高い人は自傷、自殺傾向が高い。などなど、この分野の実証的研究は1980-90年代を通じて世界的に数多くなされています。[TOPへ]
[ 解離性障害と嗜癖 ]
嗜癖性疾患の治療現場では、特に若年女性患者やクロス・アディクト(多重嗜癖の患者)に、解離性障害の合併をしばしば認めます。嗜癖性疾患と解離性障害には以下のような密接な関係があります。
1.幼児期のトラウマ体験や強いストレスを原因、あるいは背景として両障害が発症する。
2.解離性障害の苦痛から逃れるために嗜癖に走る。
3.嗜癖問題が解離性障害を悪化させる。
4.嗜癖問題を抱えた家庭では虐待などを通じて次世代の解離性障害を作りやすい。
アルコールや薬物の影響下では、しばしば解離に似た状態になりますが、病的賭博の人がギャンブルに熱中している時や、過食症患者が過食している時など、嗜癖行動の極限状態でも、解離症状が見られます。
このように解離性障害と嗜癖性疾患は複雑に絡み合って相乗的に両疾患を悪化させます。
[ 外傷性精神障害とアダルトチルドレン ]
臨床家や研究者の外傷性精神障害への関心は、私たち、嗜癖問題専門家や関係者にとってはおなじみのアダルトチルドレン問題への一般社会の関心の高まりと平行して起こってきています。外傷性精神障害とアダルトチルドレンとの関係は今後の研究課題です。筆者は、精神科医で嗜癖問題の専門家として、この両方の視線の交差点に立っているので、外傷性精神障害について若干の解説をしてみました。
[リンク]
The International Society for the Study of Trauma and Dissociation(08/04/24
確認) 解離、トラウマ、虐待関連の専門化向けリンクサイト。英文。
ASARian, Inc Resources(02/02/05確認) 幼児虐待サバイバーのための非営利機構、ASARianのリンクページ(英文)。
[ 文献 ]
Braun, B : The BASK model of dissociation.
DISSOCIATION, 1,4-23. 1988.
Mulder RT et al. : Relationship between dissociation,
childhood sexual abuse, childhood physical
abuse, and mental illness in a general population
sample. Am J Psychiatry Jun;15(6):806-11.
1998.
Putnam, F.W. : Diagnosis and
treatment of multiple personality disorder.
New York: Guilford Press. 1989.
Steinberg, M. et al. :The structured clinical
interview for DSM -III-R dissociative disorders:
Preliminary report on a new diagnostic instrument.
Am J Psychiat. 147,1. 1990.
Steinberg, M. et al. :Detection of dissociative
disorders in psychiatric patients by a screening
instrument and a structured diagnostic interview.
Am J Psychiat. 148(8):1050-4.1991.
[日常的ストレスと解離性障害(最近の文献から)]
若年期の人生で経験するストレスの量がその後におこる衝撃的な出来事によって発症するPTSDの起こりやすさに影響を与えることが、フロリダ州立大学の研究によって確かめられました。この所見は、American
Journal of Orthopsychiatryの2003年10月号に出ています。
そのストレスとは、両親の離婚とか、落第といった比較的に日常的なレベルの出来事を含み、その積み重ねがPTSD発病の脆弱性に影響するというのです。
この研究では、Miami-Dade public schoolの卒業生(およそ19-21歳)、1803人に、人生上の41の有害な体験を経験したかどうかを調査しました。
研究者で、社会学教授のDonald Lloyd氏は、校内射撃事件とか、バス事故といった衝撃的事件の際に、PTSD発症のハイリスクグループを特定する助けになるでしょう、と言っています。
また上記の所見は、いわゆるAC問題とPTSDの関係を考える上で重要だと筆者は思います。
上記研究の文献
Lloyd DA, Turner RJ.
Cumulative adversity and posttraumatic stress
disorder: evidence from a diverse community
sample of young adults.
Am J Orthopsychiatry. 2003 Oct;73(4):381-91.
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文責:竹村道夫(初版: 99/5)