【 解離性同一性障害 】
(改訂: 09/03/08)
[ 多重人格・解離性同一性障害とは
]
日本の一般の精神科医にとって多重人格(Multiple
Personality Disorder; 略称 MPD)という診断名を聞くようになったのは、DSM-III(1980、アメリカの精神障害診断統計マニュアル)でこの疾患が取り上げられてからです。この診断名はDSM-IV(1994)では、解離性同一性障害(Dissociative
Identity Disorder; 略称 DID)と名称変更されました。この変更は、多重人格の「分身」のそれぞれが「人格」としての統合性を持っているとはいえず、中には人格の断片に近い状態もあるという観察と認識によります。一方、ICD-10(国際疾病分類、精神および行動の障害、1992)では、多重人格障害(Multiple Personality Disorder)が使われています。このように、多重人格障害と解離性同一性障害は同義語です。このページでは、診断名には「多重人格」または「DID」を用い、オリジナル人格と主人格以外の「分身」については、できるだけ、「人格」でなく、「人格状態」か「同一性」という語を用いました。 [TOPへ]
[ DIDの状態像、症状 ]
DIDというのは、ひとりの人に、明瞭に区別される2つ以上の同一性、または人格状態が存在する病態です。それぞれの人格状態は、同一性、記憶、および意識の統合の失敗を反映しています。より受身的で情緒的にも控えめな人格状態(通常その人本来の名前を持つ)と、より支配的、自己主張的、保護的、または敵対的で、時には性的にもより積極的、開放的な人格状態という、対照的な2つの主要な人格状態を持つことが多く、その他に小児や児童、思春期の人格を持つのが普通です。このほかにも数名ないし数十名の人格状態を示すことがあります。二次的人格状態は年齢だけでなく、性別、人種、好み、利き手、筆跡、使用言語、癖、家族などがそれぞれ異なることもあります。
ここで、基本人格(出生して最初に持つ本来の人格、オリジナル人格、original
personality)と主人格(ある時期において大部分の時間、身体を管理的に支配している人格、ホスト人格、host
personality)とを区別します。というのは、基本人格が主人格である場合が最も多いけれど、患者によっては、基本人格が長期間休眠状態だったり、あるいはたまに短時間出現するだけだったりすることもあるからです。その場合には、時間的にも、相互関係的にも、二次的人格状態(オリジナルでない、成長後に分離した人格)が支配的であるという期間が長期間(時には数年間以上)続き、二次的人格が主人格であるということになります。こういう現象は、実は臨床的にもそれほど珍しくありません。だから最初に受診した患者が基本人格ではなく、数ヵ月の治療後に、初めて基本人格が登場するということもあり得ます。筆者もそういう症例を数人は経験しています。この現象を記載するために、当HPでは、「基本人格、オリジナル人格、本来の人格状態、第一人格」に対応する「二次的人格状態」と「主人格」に対応する「副人格」を使い分けてあることがあります。別ページに症例を提示した説明があります。
数十、あるいは百以上の人格状態を持つようなケースでも、ある1日をとると、せいぜい3−6人の人格状態しか出現しません。
基本人格は、二次的人格状態の言動についての記憶がないのが通例ですが、二次的人格状態はそれぞれの人格状態間である程度の共通記憶を持っていたり、主要な二次的人格は本来の人格状態が優勢な時にもある種の共通意識を持っていたりします。たとえばある患者は「私(第二人格)は、第一人格が話している時、どこか近くにいて聞いています。しかし干渉はできません」と言います。
人格交代は、時には極めて微妙、また時には極めて顕著です。微妙な人格交代は、たとえば面接時の明らかな記憶障害から気づかれ、確かめられることがあります。顕著な人格交代の例としては、たとえば私は、面接中に、私の目の前で、数分間に何度も激しく人格交代が起こり、
5人− 10人ほどの人格が次々に登場するのを呆然と見ていた体験が数度あります。ちょうどシャーマンによる交霊術の実演を見ているような気がしました。この現象は、専門家が「ポップアップ」と呼ぶ状況です。人格間のバランスが崩れて、それぞれの人格が我先に支配を競う状態です。
人格交代は、何らかの情緒的ストレスが引き金になって、あるいはカウンセラーの希望、要求や暗示によって誘発され、時には意識的に、時には自然発生的に起こります。人格交代のスイッチングは、時には微妙ですが、時には一瞬のうつろな表情、トランス状態や数秒間の閉眼をはさんだり、時には演技的にも見えるほどの意識消失発作(脱力、首を後屈、失立、強直けいれん発作、叫びなど)をはさむことがあります。
人格交代のきっかけは、たとえば子供人格の場合は、甘えたい時、甘えてもいい状況で、子供が興味を持つような刺激がトリガー(引き金)になり、出現します。それから、それぞれの人格の持つ得意技能が必要になるような状況でその人格が出現します。だから他のDID患者の子供人格が登場した時、それを見ているDID患者が子供にスイッチすることが多い一方で、子供好きのお姉さん人格やおばさん人格などもなります。人見知りする基本人格が、緊張する場面では、積極的で対人能力の優れた二次的人格にスイッチすることもあります。でも、いつもうまく状況に合わせて人格交代できるわけではないから問題が起こります。たとえば、赤城高原ホスピタルでは、近くに落雷があったときなどに、入院中のDID患者が突然子供人格になって「怖いよー!」と泣き喚いたりします。似たような状況で職場で子供になったりしたら、変人扱いされるか、嘘つき扱いされます。
二次的人格状態への人格交代の時間は、オリジナル人格にとっては空白時間、つまり記憶喪失として体験されます。DIDではこのような最近の記憶障害は必発で、記憶喪失の時間は、多くの場合数分から数時間ですが、時には数日から数年におよびます。またDIDは、心的外傷性精神障害ですから、トラウマに関連したより長期の小児期の生活史に関する記憶喪失が見られることもあります。
記憶障害や解離症状はDIDで特徴的な症状ではありますが、臨床症状としては、うつ状態と自殺傾向(自殺念慮、自殺企図、自己破壊的行動、自傷行為)がより目立っていることが多いようです。合併身体症状として、頭痛の頻度が高く、また、幻視体験や幻聴(二次的人格状態からの命令が頭の中で聞こえる)などの精神病状態を一過性に伴う例があります。
有病率は研究者によって差が大きいようですが、近年アメリカで急増していることは間違いありません。アメリカほどではありませんが、日本でも急増しています。思春期以降、とくに20代の女性に現れやすく、成人女性が、成人男性の3ないし9倍多く、同一性(人格状態)の数も女性で
15 名、男性で 8
名と性差があります。
男性のDID患者は治療施設で病人として扱われるよりも、騒ぎを起こしたり、犯罪者となって刑務所に送り込まれるケースが多いので、診断が遅れたり、診断されずに終わったりする事が多いとも言われています。
DIDはPTSDと共に、慢性、重症の外傷性精神障害の代表と考えられています。小児期の重篤な身体的および性的虐待(Physical
and Sexual
Abuse)と関係があると考えられる場合がほとんどです。その他の外傷性精神障害を合併することも多く、PTSD、自傷行為、自殺行為、攻撃的行動、気分障害、物質関連障害(アルコール・薬物乱用、依存症)、摂食障害、睡眠障害、性障害、境界型人格障害などが同時に診断されるのが通例です。
身体的虐待や性的虐待をなぞるような対人関係を反復(reenact 再上演)することが少なくありません。
DIDは、一般には重症の精神障害と考えられていますが、症状出現が限定的な軽症例では、社会的に有能で、外部からは成功した社会人とみなされていることもあります。
DIDの症状は、強くなったり、弱くなったりを繰り返しながら、一般には慢性に経過します。そして過去のトラウマのフラッシュバックを契機として突然悪化し症状が顕在化します。[TOPへ]
[ DIDの歴史 ]
19 世紀末すでに、Pierre Janet
(1859-1947)
は、多重人格が心的外傷体験と解離によって発症すると指摘していました。しかし、その後しばらくはこの疾患は一般精神科医からは忘れ去られていました。
Cornelia
Wilbur による症例 Sybil の治療報告が、Schriber,F.R.
によって1973年に出版(Schriber, E R.
1973; 邦訳:早川書房、失われた私、1978)されて以来、アメリカでは急激に多重人格の症例報告と、多重人格と児童虐待の関係に関する研究が増えました(Greaves,
G.B.
1980)。
最近の大規模調査研究(アメリカ)では、DIDにおける児童虐待の既往は、性虐待が70-90%、身体的虐待が60-80%でした(Putnam,
E W. et al. 1983.; Bliss, E.L. 1984.)。日本の小規模報告でも、ほぼ同様の結果が報告されています。
DSM-III (多重人格 Multiple Personality
Disorder; 略称 MPD、1980)とDSM-IV (解離性同一性障害 Dissociative
Identity Disorder; 略称
DID、1994)によって、この疾患は正式の診断名として一般に知られるようになりました。
かつてはDIDの存在そのものを疑問視する専門家もいましたが、今ではその存在を疑う精神科医はほとんどいません。ただしDIDが治療関係の中で誘発されたり、あるいは過剰診断されたりしているのではないかという意味での疑義を差し挟む人は少なくありません。
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[ DIDの診断
]
アメリカでは、DID患者が初めて精神科診療を受けてから正確な診断が下されるまでには、平均6、7年かかると言われています(Putnam
et al. 1983; Braun, B.G.
1985)。
DID患者に与えられていた過去の診断としては、感情障害、人格障害、不安障害、統合失調症(分裂病)、物質乱用(アルコール・薬物乱用)、適応障害、身体化障害、摂食障害、器質性精神障害などがあります。DIDはここにあげた疾患群のそれぞれより稀な精神障害ですが、研究者によっては、人口の1%程度に見られるという報告もあります。
DIDは、時に統合失調症(精神分裂病)と誤診されることがありますが、本来、統合失調症とは全く異なる病気です。だから、DIDと統合失調症の鑑別診断が問題になることはあっても、DIDが進行して統合失調症になることはありません。
DSM-IIIでも、DSM-IVでも、DIDは疾患分類上は、人格障害ではなく、解離性障害の下位分類中に含まれています。
DID患者に見られやすい精神症状としては、うつ気分、気分変動、自傷行為、自殺企図、心因性健忘、性機能障害、転換性症状、解離性遁走、パニック発作、離人症状、物質乱用、恐怖症、強迫行為、幻聴、幻視、拒食・過食、妄想、思考障害、躁状態などがあります。
DID患者に見られやすい身体症状としては、不眠、頭痛、原因不明の痛み、意識消失、消化器症状、嘔気・嘔吐、動悸、知覚異常・痛覚消失、体重減少、視覚障害、不随意運動、てんかん様エピソード、麻痺などがあります。
DIDの症状が明らかになるのは多くの場合,10代後半から20代であり、また見逃されたり誤診されたりしやすいために、DIDが幼児期に診断されることは稀ですが、DIDの発病は幼児期(12歳以前,多くは3−9歳)であると考えられています。患者本人や家族の情報から、あるいは医療記録から、幼児期の発病が確かめられることも少なくありません。少数例ながら、幼児期に診断されたDID患者では、治療期間が成人の場合に比べて短いという報告があります。
ある大規模な多施設研究(Carlson
EB 1993)では、解離体験尺度(DES)で、30以上の人の17%がDIDと診断され、30より少ないスコアーの人の99%がDIDではありませんでした。
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[ DIDの原因
]
DIDの原因に関しては、多くの研究者が多因子説を主張しています。このうち、Kluft,R.P.の4因子説(1984)と
Braun,B.G.
の3Pモデル(1985)がよく知られています。4因子とは、解離能力(=催眠感受性)、外傷体験、外的影響力と内的素質の相互作用、保護や慰めの欠如です。3Pというのは、predisposing
factors(脆弱性因子)、precipitating event(促進的事件)、perpetuating
phenomena(永続性現象)です。
もともと子供は、成人に比べて催眠感受性(解離能力)が高いのですが、幼児期の外傷体験はこの解離能力をさらに高めます。慢性的に心的外傷にさらされている子供は、「これは自分に起こっている出来事ではない」、「何も起こらなかった」、「痛くない」と自己催眠をかけ、身体的に避けられない苦痛から精神的避難をすることによって事態を乗り切ろうとします。この訓練によって解離能力は高まりますが、一方でこの解離は習慣化し成人期まで持ち越され、DIDの基礎になります。子どもの虐待では、どんなに苦痛な仕打ちを受けても、家族や周囲の成人への愛着を断ち切ることができないという構造が解離を促進すると考えられています。
DID患者の各々の人格状態はそれぞれの機能を持っています。たとえば孤独な基本人格を保護し、慰める友人役であったり、基本人格の代りに痛みや悲しみをひき受けたり、基本人格には許されないような積極さや活動性や奔放な性格を持っていたり、基本人格が戻りたい幼児期であったり、基本人格が持つには危険すぎる攻撃性や自殺衝動を持っていたりします。このような多くの人格状態を持つことによって、その時々の危機における負担を軽くすることができ、それによって、子供は厳しすぎる人生を、かろうじて発狂せずに生き延びてきたと考えられます。だから、多重人格は、虐待のような避けられない苦痛と困難な状況を生き延びるための戦術とも考えられます。
数十、あるいは百以上の断片化した人格状態を持つ患者は、長期にわたってサディスティックな身体的、性的暴力、虐待を幼児期に受けている可能性が高いと考えられます。[TOPへ]
[ DIDの治療
]
DIDの患者は、その多くが人格障害(境界型人格障害など)や嗜癖問題(アルコール薬物依存など)、自殺未遂、自傷行為などを合併し、極めて不安定な状態です。特に赤城高原ホスピタルのような入院治療主体の治療施設では、何らかの理由で外来治療が困難になった重症患者が集まる傾向があります。ほとんどの患者が幼児期に性虐待を受けていますから、他人を信頼する能力に欠けています。
したがって治療は、安全な場所を確保し、多彩な身体症状、精神症状に対処しながら、行動化(アクティングアウト)に対応する。その中で、治療の基盤となる信頼に基づく治療的関係を築き育て維持するといったことになります。必要に応じ、個人精神療法、集団療法、家族療法、教育的治療、社会機能訓練(SST)、認知行動療法、自助グループ、薬物療法などを組み合わせて行ないますが、何度かの中断をはさむ長期治療になることが多いと思います。DIDの治療には5−6年を要するという専門家が多いようです。
これだけの長期の入院治療は不可能ですから、DIDの治療は基本的には外来治療を中心に行うべきです。
安定した治療関係の確立と平行して、あるいはその次に、DIDという診断を患者と共有する必要があります。これは単に診断名を告げるということではなくて、この診断に含まれる意味を解説し、協力関係を築く過程を意味します。患者のペースに合わせて、基本人格だけでなく、二次的人格状態とのコミュニケーションをとり、それぞれの機能や役割を整理し、治療契約と限界設定を確認してゆくことが必要です。
主人格は、怒りや自殺衝動、性的衝動などへの対処を学習しなければなりません。
DIDの治療において、薬物療法は補助的な役割しかありません。処方薬のまとめ飲みは予測される危険です。薬物乱用の可能性が高いので、手近な自殺手段の提供にならないように気をつけるべきです。マイナートランキライザー(抗不安薬、眠剤)は依存傾向があるので、長期に使用すべきではありません。処方薬依存を合併しているDID患者をみることが多いので、このことは特に注意を喚起したいです。
メイジャートランキライザー(抗精神病薬)は、幻覚妄想に対して、抗うつ薬はうつ状態に対して対症療法的に使用できるでしょう。
DID患者では、自傷と自殺傾向がつき物なのに、保護者の治療協力が得られないことが多いので、主治医と治療スタッフの負担が大きくなります。繰り返される自傷や自殺行為に関連して、また、対人操作的な傾向のために、治療者間で深刻な対立が生じることもあります。
成長過程で保護者や成人から裏切り行為のような虐待を受けていることが多いので、治療的な信頼関係を築くことが難しい一方で、一度治療者に依存し始めると、全面的な受入れを求めて、極端な依存傾向を示し、治療者を独占しようとしたり、受け入れられないと反発したりします。
保護者不在の状況では、治療者だけでなく保護者の役割もある程度は引き受けざるを得ず、ややもすると病気の治療をするというより、人生を預かるみたいになりやすいので、注意が必要です。 [TOPへ]
[ 文献
]
Akyuz, G et al: Frequency of dissociative
identity disorder in
the general population in Turkey. Compr Psychiatry
Mar-Apr;40(2):151-9.
1999.
Bliss, EL: A symptom profile of patients
with
multiple personalities including MMPI results.
Journal of Nervous and Mental
Disease 172:197-202. 1984.
Carlson, EB et al : Validity of the
Dissociative Experience Scale in screening
for multiple personality disorder: a
multicenter study. Am J Psychiatry Jul;150(7):1030-6.
1993.
Greaves, GB:
Multiple personality 165 years after Mary
Reynolds. Journal of Nervous and
Mental Disease 168:577-596. 1980.
Putnam, EW et al: 100 cases of multiple
personality disorder. New Research Abstract
#77. American Psychiatric
Association. Washington. 1983.
Schreiber, ER: Sybil. Regnery. Chicago
(1973).[TOPへ]
[ 解離性同一性障害の方の入院依頼 ] (03/11/11)現在、DID患者さんの赤城高原ホスピタルへの入院は受けられません。ご了解ください。赤城高原ホスピタルと竹村道夫院長の近況報告、2003/03/12 の記事をご覧ください。
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文責:竹村道夫(初版:99/08)