【 子ども虐待の後遺症−誘惑に弱く世代間連鎖も 】      赤城高原ホスピタル 
                                               (改訂 99/07/15)


 上毛新聞は、群馬県下では、購読率ナンバー1の地方新聞です。1999年7月13日づけ読者のページ、コラム「視点:オピニオン21」に、赤城高原ホスピタル院長の「子ども虐待の後遺症」に関する論説が掲載されました。サブタイトルが「誘惑に弱く世代間連鎖も」。以下がその本文です。


 日本で子ども虐待が社会的問題と認知され、調査や研究が活発化したのは1990年代からです。この問題に取り組むためには、関係者の協力が欠かせないという認識が高まり、各地に虐待防止のネットワークができ始めました。本県では、97年4月に「群馬子ども虐待防止ネットワーク推進協議会」が設立され、虐待予防に向けた育児支援体制の構築に向けて協力関係が強化されつつあります。

 私はアルコール専門病院院長として、酒害者家族とかかわる立場から、虐待被害者の精神障害とその治療の実情を報告するなど、協議会の要請で関係者への研修や講演にかかわってきました。

 マスコミでは、子ども虐待による死亡事例など、最悪のケースのみが取り上げられがちですが、これは氷山の一角であり、虐待ケース全体はその数十倍、数百倍あることを忘れてはなりません。

 たとえばある少女は子供の頃から暴力的で、小中学校を通じていじめの加害者として問題児扱いされていました。中・高校時代には、アルコール薬物乱用や売春など、社会的逸脱行動がひどくなり、やがて摂食障害(過食と自発的嘔吐)を合併して、自殺未遂を繰り返すようになりました。

 成人後にようやく、この少女に対して幼児期から身体的暴力と性虐待が続いていたことが明らかになりました。このように家庭という密室の中で行われる虐待、特に性虐待は発見が困難なことが少なくありません。

 虐待を生き延びた子どもたちは、たとえ外見上の傷は残っていなくても、しばしば深刻な心理的外傷(トラウマ)を負っています。この外傷記憶は通常の記憶と違って、脳の生理的変化として長期間残存し、仮にその人が意識していなくても、その人の感覚、感情、思考、行動などに悪影響を与え続けます。そして、被虐待者は思春期から成人期にかけて、高頻度に情緒・行動障害、精神障害に陥ります。

 子ども虐待に関連する問題は、PTSD(外傷後ストレス障害)、解離性精神障害のほか、不登校、ひきこもり、摂食障害、非行、暴力傾向、うつ病、不安障害、自傷(自分を傷つける)行為、自殺など多数あります。また、被虐待者はアルコールや薬物の乱用、依存など、嗜癖行動に走りやすいという傾向もみられます。

 幼児期に人格を侵害され、自分を大切にするということを家庭で学べなかった子どもたちは、アルコールやクスリで自分を変えるという危険な誘惑に勝てません。さらに、かつて虐待を受けた子どもたちが親になって、今度は虐待者になるという、虐待の世代間連鎖もしばしばみられます。

 子ども虐待の後遺症ともいうべきこれらの問題は、時間がかかりますが専門的治療によって回復可能です。子ども虐待の問題は、広く深く社会に根をおろしています。予防、早期発見、治療など、広い視野から多くの人が協力してこの難問にかかわることが大切です。



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AKH  文責:竹村道夫


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