【 ちょっとユーモア 】   赤城高原ホスピタル

(改訂:18/01/12、57件)


[はじめに]

 赤城高原ホスピタルのHPは深刻な話題ばかりで、読んでいて疲れるというご意見がありました。そこでこのコーナーでは、病院の内外で拾ったちょっと笑える話、ほほえましい話、何と言うことはないけど、ほっとするような診療の一場面を集めてみました。


[とまれ クレプト]

当院で治療中,回復途上クレプト患者さんのご家族が,替え歌をメールで送ってくれました。

ご家族のメール:「走れコウタロー」という70年代の大ヒット曲に合わせるとぴったりだと思います。
フォークギターをジャカジャカ弾きながら歌うとカッコいいと思いつつ,人前で歌う気分にもなれず、
未発表のままです,とのことです。

替え歌作詞提供者の承諾を得て,ここにご紹介します。

タイトル:「とまれ クレプト」
作詞:名無し人

1番

これから帰る道のりは
スーパー コンビニ 目白押し
おいらは天下のクレプトさ
今日も万引き やり放題

(サビ)
とまれ とまれ とまれ とまれ 
とまれ クレプト
カメラの性能 あがってる

とまれ とまれ とまれ とまれ 
とまれ クレプト
どうしてこんなになったのか

2番

スタートダッシュで出遅れた
どこまで逃げても ついてくる
けいさつ りゅうちじょ さいばんしょ
執行猶予じゃなかったよ

(サビ)
とまれ とまれ とまれ とまれ 
とまれ クレプト
カメラの性能 あがってる

とまれ とまれ とまれ とまれ 
とまれ クレプト
どうか普通になってくれ

☆院長のコメント:試しに歌ってみると,さびの部分の,「とまれ,とまれ」をかなり早口で言わないと曲に合いません。
「走れコウタロー」の曲を知らない方は→こちらをご覧ください。(18/01)


[クレプトの完治]

 当院では、クレプトマニア(窃盗症)の患者さんが出席するMTM(万引き・盗癖ミーティング)という治療プログラムがあります。
 最近、そのMTMで、ある出席者の発言が話題になっていました。「窃盗癖に回復はあるが、治癒はない、と多くの人が言うが、私は違う。私のクレプトは完治した」という自称回復者が登場し、またその人を称賛し、自分も同じだ、という参加者がいる、という噂です。ある別の患者さんの治療面接時に、その報告を聞いた院長が、その場で思いついた川柳を一句読み上げました。
「クレプトの、完治完治は、勘違い」
 その患者さんは、早速、その次のMTMで、この一句を披露しました。「うまい!」と拍手があったらしいです。この川柳は、クレプトマニア以外の嗜癖問題の患者さん方にも伝えられ、ミーティングで披露されているとのことです。その際には、この一句は、以下のように、読み替えられているようです。
「アディクトの、完治完治は、勘違い」(14/04)

☆院長の追加コメント:上記川柳創作のきっかけを提供してくれた、自称「クレプト完治」の方は、その後、治療から離れてしまいましたが、最近、スリップ(万引再犯)して検挙されました。現在、留置されています。(16/01)


[冷や汗]

 アルコール依存症で入院2ヵ月目、1泊予定の外泊を「風邪をひいた」から、と延泊して3日間の外泊から帰院したTさん(30代男性)は、まだ熱っぽくて吐き気もするから、と自分から希望して閉鎖病棟に入りました。その日の真夜中、Tさんは、大汗をかいたから下着を替えたい、と看護師を呼びました。
 着替えを手伝っていた夜勤の看護師、Mさんは、この仕事20年のベテラン。Tさんの下着を手に持って、
「このシャツ、汗びっしょりだ。熱もないのに変ですね。まるで、お酒飲んだ後の離脱みたいですよ。あれえ、これビールの臭いがしますね。Tさん、外泊中にビール飲みました?」
Tさん、「え、汗の臭いから分かるんですか? そ、そうなんですよ。でも、ほんの少しですよ。外泊前に抗酒剤も飲んでいたし」
M看護師、「ふーん、やっぱり飲んだんだ。病院に帰ってきた時にきちんと報告しなきゃダメでしょう」
Tさん、「すみません。やっぱり、看護師さんには隠せないな。すみません」
M看護師、「あれ、ビールだけじゃないぞ、この臭いは、(クンクン)、ウィスキーかな、いや違う、(クンクン)、Tさん、焼酎も飲んだでしょう?」
Tさん、「ひゃあー!そのとおりです。外泊1日目にビール、2日日は焼酎です。汗の臭いから酒の種類までわかるんですか? ベテラン看護師さんの鼻はアルコール検知器以上ですね」
M看護師、「(クンクン)、この焼酎は、タカラ?(クンクン)、それともキリンの氷結? この臭いからすると缶チューハイ3本、いやいや5本は飲んだな」
Tさん、「げっ、本当ですか、参ったな。銘柄から飲んだ量までわかるんですか、犬も顔負けですね。ご指摘通り、タカラの缶チューハイと、キリンの氷結合わせて5本です。あっ、また汗が出てきた。ちがうちがう、これは冷や汗ですよ。怖いなあ、もう」

☆院長のコメント:経験は五感だけじゃなく第六感も鍛え、ベテラン看護師は真実を嗅ぎ分けます。この意味、分かりますか?(13/05)


[回復の兆候]

 31歳の覚せい剤依存症女性のお話です。前回(第1回)入院時には、1ヵ月間の入院で、「もう大丈夫です。(覚せい剤を)止める自信があります」と勇んで退院したものの、退院中に薬物を再使用しそうになり、怖くなって2週間後に再入院してきたのです。
 現在、第2回入院の3ヵ月目です。面接時に、患者さんがニコニコしています。

<あれ、何かいいことがあったのかな?>と私(院長)。
「はい、それがあったんですよ。でも、笑わないでくださいね」
<まじめな話でしょう。笑ったりはしませんよ>
「私が、悪夢にうなされて目が覚めるということは話しましたよね」
<いつも、シャブを使ってしまってから、先生になんて報告しようかとか、借金をどうやって返そうかとか、考えて冷汗かきながら目が覚める、何度後悔しても、使ってしまう。しかも、夢の中でシャブを使っても快感がない、という話ですね。今度は、夢の中でいい気分にでもなったんですか?>
「それが違うんですよ。今週初めからストーリーが変わったんです。シャブ入りの注射器で血管を刺して、血液を少しだけ引いた後、シリンジを押そうとした時に、急に迷い始めて、どうしても押せないうちに手が震えて血管から針が外れて、刺しなおしているうちに液体がこぼれてしまう夢なんです。月曜日はそこで目が覚めたんだけど、2日後の昨夜は、ブツ(覚せい剤)があるのにポンプ(注射器)がどうしても見つからずに探し回って、やっと見つかったら、今度はパケ(覚せい剤の包み)が見つからなくなって、探しているうちに目が覚めたんです。これって回復の兆候でしょう」
<それは、すばらしい。回復への大きな一歩ですよ>
「良かった、うれしい。お母さんに報告しようかな」
<回復の兆しがある、と院長に言われた、とだけ話して、夢の詳しい話はしないほうが良いと思いますよ。一般の人には、理解が難しいかもしれないから>(08/05)


[コアラ食い]

 ホスピタルでは、毎朝9時に看護師から医師に向けての申し送りがあります。今日は、ベテラン看護師、I さんの報告です。
「外泊から帰ってきたNさん(20歳、女性)は、外泊中に過食の癖がついたと言って、真夜中に食べ続けています。看護師が夜の見回りに行っても、いつもコアラ食い状態なんです。あまりに変な格好なので、写真に撮ってお見せしたいくらいですよ」

これを聞いていた院長、
「ちょ、ちょっと待った。そのコアラ食い状態って何ですか? コアラ食いの定義は?」
「あれっ、ご存知ないですか?」
「聞いたことないですよ。夜行性ってこと?それとも葉っぱを食べるの?」
「そうじゃなくて、ほら、あれですよ。おなかの上に食べ物乗っけて、・・・・・」
「それは、コアラじゃなくて、ラッコでしょ」
「あっ、そうだ。勘違いでした」 (08/04)


[手形、足形、人拓]

 見るからに浮浪者風、体中からシンナー臭がする中年男性が受診しました。放置しておくと死んでしまいそうなので、友人が見るに見かねて連れてきたのです。男性は現在40歳過ぎ、20代前半に結婚しましたが、シンナー乱用のために妻子に逃げられ、以来15年余り単身生活をしています。30歳頃交通事故で軽度の負傷をしてからはほとんど仕事をせず生活保護で食いつないでいるということです。20代から断続的にシンナー乱用を続け、この2ヵ月余りは連続使用中です。体はやつれ髪もひげも伸び放題、手足、顔、頭髪と衣類には黒い塗料がべったりとついています。入院治療を希望していますが、男性が身動きをする度に書類だけでなく、椅子や机、床や壁などが汚れるため、最低限の手続きをした後、風呂場に直行させて塗料を洗い流すことにしました。でも今時これだけ汚れた患者も珍しいので、看護師を呼んで、全身の汚れの程度が分かるような写真を取っておくように依頼しました。間もなく、風呂場の看護師から連絡が来ました。

「全身塗料だらけだから、紙さえあれば、手形足形に、さらにご希望なら全身の人拓まで採れますが、いかがいたしましょう」
<そんなもの採っても、値打ちが出るわけじゃなし、カルテが厚くなるだけだから、やめてください。資源の無駄使いです。デジカメ写真で十分>

 1時間後に行ってみると、全身を洗い流して、病院で提供する衣類に着替え、見違えるように清潔になった患者さんが点滴を受けながら真新しいベッドシーツに包まれて横たわっていました。「あなた、もう少しで、魚拓のように、全身の人拓を採られるところでしたよ」と院長が言うと、患者さんは、にこにこと照れ笑いをしていました。(07/11)


[エート、ソレがアレなんです]

 外来患者で込み合っているある日のこと、新患の患者さんが多すぎて、予診(医師の診察前にケースワーカーが患者さんから受診理由の概要を聞くシステム)が間に合いません。という訳で、話の長そうな中年女性の患者さんが、予診抜きで直接院長の面接に回されてきました。
<どうされたんですか?>
「エート、ソレがアレなんです。私じゃなくて、長男なんですが、ソレで困っているんです」
<ご長男の何についてお困りですか?>
「だから、アレなんです。わたしが、ソッチの方が全然ダメなもんで、分かるでしょう?」
<すみません。よく分かりません。落ち着いて話していただけますか?>
「よく、そう言われるんです。私が、そそっかしいもので。そうそう、それが始まりなんです。お見合いの時に、私が、相手がいいならいいだろう、と言ったばっかりに、こんなことに、・・・・・」
<夫婦関係でもお悩みなんですか?>
「全部です。みんな私に押し付けて、誰もアレしないんです。分かるでしょう?」
<すみません。よく分かりません。みんなが何をしてくれないのですか?>
「なにをって、なーーんにもしてくれないんです。だから、わたしがここへ来たのです」
<奥様、落ち着いて。いいですか、今、いちばん困っていることは?>
「だから、言ってるじゃないですか。長男がアレ飲んで、アレコレ言うんです」
<アレって、もしかしたら、お酒ですか?>
「ほら、分かってるじゃないですか」
<奥様、ご長男がお酒を飲むのが困るんですね?>
「いや、お酒だけじゃないんです。お酒なら、少しくらい飲んでもいいんです。アレももういい年だから、ほら、いるんですよ。アレが。それで、酔ったら、あの馬鹿息子、デレデレして、アレコレ言って、止まらないんです」
<アレがいるって、もしかしたら、ガールフレンドですか?どうして、ソレが困るんですか?何が困るんですか?>
「ナニが困るったって、それは、もうメチャクチャですよ。私が、こればっかりは、やめてくれ、って、言ってるんですけど、ウチのツレアイときたら、いいじゃないか、そんなことって、こう言うんですよ」
<ごめんなさいね。話の腰を折って。息子さんが、お酒を飲んで、ガールフレンドのことを話して、何がメチャクチャなんですか?>
「ソレが、まあ、その娘っ子ときたら、私を見て、おかあさま、なんてしゃれたこと、言うんですよ」
<そんなこと、いいじゃないですか? 奥様、なんて呼ばれたいのですか?>
「まだ、嫁になった訳でもないのに。それで、あたしゃ、おかあさま、なんて呼ばれる筋合いじゃない、って言ったら、後から、馬鹿息子に蹴飛ばされた」
<それゃ、そうでしょう>
「あら、先生。先生は、酔って暴力を振るう息子をかばって、私が悪い、というのですか」
<いやいや、暴力は良くないけど、おかあさまだって、息子さんの彼女にそんな意地悪言うものじゃないでしょう>
「あの娘っ子に、口を利くのは、まだ早い。若くて、ちょっとばかり器量良しだからといって、生意気言うのじゃない、と言いたいですよ」
<息子さんの彼女が器量良しなら、喜ばなきゃ。そうでしょう>
「器量が良いと言ったって、それは若いからでしょ。私だって、あの年の頃は、皆から、きれいきれいって、言われたんですよ。それでウチの亭主は、私に一目ぼれ、・・・・・」
<ハー、・・・・・。>
(以下略、こんな話が延々40分、疲れ果てました。) (07/06)


[アケボノグセ]

 19歳の女性患者がギャンブル問題、摂食障害、処方薬依存のために院長の外来を受診しました。
「先生は、ギャンブル問題の専門家だとうかがったんですけど」
<はいはい。ギャンブル依存症も私の守備範囲内ですよ、・・・・>
「やっぱり。カレシが、どこかの本からコピーした資料を持ってきて、先生は、格闘技のK-1にも詳しいみたいだっていうんですよ。先生はK-1の解説者か何かもするんですか」
<えっ、何ですって。K-1の解説者???確かに私はテレビでK-1は見ますけど、特別詳しいわけではありませんよ。一体全体、どこからそんな話が出たのかな>
「あれ、そうなんですか? だけど、カレシから、先生は、曙の研究者で、負け癖の専門家だから、その関係でギャンブルについても詳しいんだって聞いたんですよ。私、資料を見たから覚えていますよ。たしかにアケボノグセ問題専門家って書いてありましたよ」
<はあ? アケボノグセ? あっ、分かった。それは、アケボノグセ(曙癖)じゃなくて、シヘキ(嗜癖)と読むの。アケボノ(曙)という字とシヘキのシ(嗜)という字は似ているけど違うんです。きっと彼氏はあなたのことを担いだんでしょう。あなたは素直すぎるからそのまま信じたのですね。いやいや、彼氏があなたをだましたというのじゃなくて、そうではなくて、ちょっとした冗談ですよ。あなたの彼氏は、ユーモアのセンスがある方ですね。それにしても、曙さんには、もっとがんばってもらわないと、私の診察室までとばっちりがくる。・・・・・>  (07/02)


[最後のお酒はいつですか]

 アルコール依存症患者の入院の際には、入院時点の何時間前まで酒を飲んでいたのかを知る必要があります。それによって、治療を開放病棟からスタートするか閉鎖病棟からスタートするかが決まるからです。いくら開放的な病院とはいえ、酩酊状態や離脱症状が出そうな患者を開放病棟に入れておくことは危険です。そのため、入院患者に直接質問するのですが、アルコール症患者は、お酒の量や飲酒日をごまかす傾向があるので、油断がなりません。

 これから入院するという中年の男性アルコール症患者Aさんを前に、院長が面接をしています。Aさんは、現役の噺家(はなしか)です。口が達者で、院長もたじたじです。

院長 <最後にお酒を飲んだのはいつですか?>
Aさん 「最近はあまり飲んでいません。女房がうるさいもんで、・・・・・」
<だから、最後にお酒を飲んだのはいつですか?>
「飲んだといっても、そんなには飲んではいません。ちょっとなめた程度で、・・・・・」
<いいですかAさん、質問にはっきり答えてください。お酒の量は関係ありません。最後にお酒を口にしたのはいつですか? 今朝ですか? 昨夜ですか?>
「ですから、えーーと、最後は土曜日です。でも、ほんの少しですよ」
<土曜日というと20日(はつか)でしょう。今日は、火曜日、23日ですよ。3日後の今日までお酒臭い訳はないでしょう?そのお酒の臭いは何故ですか?>
「実は、昨夜、ちょっとだけ焼酎を舐めました」
<やっぱり。Aさん、ひとつ忠告をしておきますが、アルコール症からの回復のためには、正直になることがとても大切です。いいですか。では、もう一度お聞きしますよ。最後にお酒を口にしたのはいつですか?>
「ですから、最後は、20日(はつか)と言っているんです」
<じゃあ、昨夜なめたお酒は?>
「あれは、追加(ついか)です」     (07/01/25)


[赤ちゃん連れ]

 今日は、赤ちゃん連れの患者さんが2人も外来にこられました。2人とも久しぶりの受診。赤城高原ホスピタルサイトに話題を提供してくれた方です。

 一人目は、ユーモア・サイト(このページ)の(03/06)のところ、 [寛容すぎる院長 ]に登場する女性患者さん。警察官に楯突いて留置場に泊まった方です。7ヵ月のお嬢さんを連れて受診されました。お母さん似の愛嬌のある赤ちゃんでした。お母さん、車の運転は慎重にお願いしますよ。

 二人目は、「薬物依存症、 200人の証言」の「医療」の項、[リタリンにお別れ]の女性です。生後5ヵ月目の丈夫そうな男の子を連れてご主人とご挨拶に来られました。リタリンにお別れして5年、処方薬なしで1年3ヵ月余り。近々他県に引っ越すとの事。

 おふたりとも入院中の姿とは大違い。健康そうで立派にお母さんをしておられました。どうぞいつまでもお幸せに。  (06/12)


[シャブください]

 消灯前の午後8時40分、院長がナースステーションでやり残したカルテの整理をしていたら、ガラス窓をコンコンとたたく音。振り向くと、入院中の患者さん方です。手にコップを持っています。就寝前の薬を取りに来たのです。看護師がガラス窓を開ける音を聞きながら机に向かい直した時、ぎょっとするような言葉が耳に入ってきました。
「シャブください」

確かに「シャブください」と聞こえました。
<えっ、今何て言ったの?>
と私は、振り返って、並んでいた列の一番前の若い女性に尋ねました。
「お姉さん、シャブ、ワンパケくださーい」と元気よく、若い女性が答えました。
<おいおい、ナースステーションに来て、シャブください、はないでしょう。冗談にしても止めてくださいよ。新しく来た人がびっくりするでしょう>
「大丈夫。看護師さんも心得ているから。先日、Tさん(若い男性ナース)に言ったら、『シィー、大きな声ではいえないけど、今日のネタは良くないからコカインでいいかい』って、ちゃんと応対してくれましたよ」
<ダメダメ、それはノリ過ぎ!!>
「ハイハイ、分かりましたよ。院長はお固いんだから、だったら、アイスくださいか、ブツくださいにします。それでもダメなら、ツメタイノくださいにしようかな。最後は、おクスリくださいかな。それなら誰も文句は言えないでしょう」
(覚せい剤を止めて4年、アルコール乱用+過食嘔吐の治療のために入院している25歳女性は、いまちょっとハイなようです。院長をからかって面白がっています。ちなみに、シャブも、アイスも、ブツも、ツメタイノも、クスリも、全て覚せい剤の隠語です) (06/11)


[院長に浣腸]

 入院患者の回診中のことです。23歳の女性患者さんを診察室に呼び入れたら、患者さんが座った途端に言いました。

「すみません。変な噂を流してしまって」
<えっ、何のこと>
「院長の浣腸したっていう噂です」
<はあ? どういうこと? 私があなたの浣腸をしたということ?>
「そうじゃないんです。その反対です。私が院長の浣腸をしたって」
<へえっ、誰がそんな噂流したの>
「私です。だから謝っているんです」
<一体全体、どうしてそんなデマを流したの?>
「院長に浣腸、という変な語呂合わせを思いついたものだから」
<でも、まさか誰も信じないでしょう>
「それならいいんですけど」
<でも、そんなデマを流すのは止めてください>
「はい。すみません」

 あまりに馬鹿げた話なので、怒る気にもなれず、この件はそのままになりました。精神病院に勤めていると、時々、こういう理解困難な出来事に振り回されます。幸いにして、その噂は、誰も信じなかったようです。実は、その患者さんは、数ヵ月前まで、私と廊下で会うと、両手を広げて通せんぼをしたり、すれ違いざまに、院長のお尻にタッチしたりする、という変な行動がありました。何回か続いたので、看護婦立会いの下に警告書を渡して、「今度やったら、トイレ掃除のペナルティー」、と言い渡したことがあります。上記の行動は、そのことと関係があるかもしれません。(06/10)


[お兄さんこそ]

 月曜日は、入院患者さんが多くて、院長は大忙しです。3人目の入院患者さんの診察は、11時過ぎのスタートになってしまいました。患者さんは、いまどき珍しい、礼儀正しい、丁寧な口調、18歳の美しい女性です。診断は多重嗜癖です。入院時診察では、書き込まなければいけない書類が多くて、どんなに急いでも1時間前後はかかります。県外から来て、朝から待っていた患者さんは、さすがにちょっと眠そうな表情になりました。

<すみませんね。お疲れでしょう>と院長が声をかけると、女性が答えました。
「いいえ、大丈夫です。お兄さんこそお疲れでしょう」

 私は、びっくり。(お兄さんて、誰のこと?) 思わず周りを見回しました。部屋には私とその女性患者しかいません。一瞬の沈黙の後、私は、彼女の職業を思い出しました。患者さんは芸者修行中だったのです。

<あれあれ、それは営業用のお言葉ですね。お兄さん、なんて、もう30年位、呼ばれたことがないから驚きましたよ。あなたのお仕事では、お客さんがいくつになっても、お兄さん、て呼ぶんですか?>
「ごめんなさい。ついお仕事の癖が出てしまいました。はい。大体は、お兄さん、ですが、よほどお年を召された方だと、パパとお呼びすることがあります」
<パパ、じゃなくて良かった。パパ、なんて呼ばれたら、腰を抜かすところでした> (06/9)


[樽オジサン]

 薬物乱用や自傷行為を合併する解離性同一性障害患者(多重人格性障害)のキミちゃんは、21歳の無口ではにかみやのお嬢さんです。院長が面接中に副人格のカナちゃんが登場しました。こちらは17歳。お喋りで、小悪魔風。一時もじっとしていません。回転椅子をぐるぐる回しながら、喋りまくります。

 1週間くらい前にね、夜、ナースステーションに睡眠薬をもらいに行ったの。そしたらね、夜勤の看護婦さんに「あなたの主治医は院長でしょう」と言われたから、「院長って、あのお腹の出たタル・オジサン?」と聞いたの。そしたらね、その看護婦さん、「樽オジサンはひどいでしょう」って。だから、「だったら、何と呼べばいいの?」って聞いたら、なんと答えたと思う。

 「樽先生か、樽院長と呼びなさい」だって。「おんなじじゃないか。院長にちくってやる」って言ったら、「だめ、これは内緒。クビになるから」だって、アッ、喋っちゃった。あの看護婦さん、何という名前だったかな。・・・・・・。(06/08/03)


[閉鎖病棟から出られない訳]

入院直後から振戦せん妄になり閉鎖病棟に入れられて3日目の熊さん(58歳、熊田さんの通称)が、見回りに来た若い女性看護師をつかまえて言いました。
「いつ、ここ(閉鎖病棟)から、出られるんだい」
「主治医の許可があれば、明日にでも出られますよ」
「そんなこと関係ないよ。オレがここから出られない本当の訳を知ってるかい」
「わかりません。どうしてですか」
「シー、ここだけの話だぞ」と熊さん、看護師の耳元に口を近づけ、何やらムニャムニャ。
「へー、そうなんですか。ホントですか」
「そうなんだよ。こればっかりは仕方がない。院長は、顔はともかく、金を持っているからな」

翌朝の申し送りでこの一件を報告する看護師に院長が聞きました。
「ムニャムニャじゃあ分からない。熊さんは何と言ったの」
「はい、それが、・・・・・。院長はオレのカミさんとできてる、って」(06/07/04)

(院長のコメント:もちろん、事実無根です。) 


[受診1年記念]
 
 1年前に2ヵ月間入院し、その後通院している20代前半の女性が、1ヵ月ぶりに受診しました。面接室で女性が言いました。
「1年前の今日、私はこの病院に初めて来ました。その日は入院せずに外来受診だけで帰ったのです。その日の面接の最後に私が言った言葉を、先生は覚えていますか」
<えっ、なんと言われたのですか。ごめんなさい。覚えていません>
「私は、『先生は、私のことなんか、どうでもいいと思っているんでしょう』と聞いたんです」
<あっ、その言葉、覚えています。私は、自分が居眠りでもしていたのかな、うっかり欠伸でもしたのかな、とドッキリした記憶があります。カルテにも記録があります>
「そうではなくて、あの時、私は世界中の誰も、自分を含めて誰も信じられなかったのです。でも、ほかにどうしようもないから入院しました。退院後は、ここに通院できる距離のアパートに住み、毎日自助グループに参加して、あの日から1年経ちました。今、私は大勢の先行く仲間に支えられています。故郷には私の成長を見守ってくれる家族がいて、病院には私の回復を喜んでくれる先生や看護師さんがいて、私は本当に恵まれている、と思います。あの日、入院を勧めてくださった院長先生にあんなひどい言葉を言ったことを謝りたくて、そして今、私がどれほどこの病院と先生に感謝しているかを伝えたくて、今日ここを受診したのです」
<ありがとう。回復は、あなたの努力とご家族のご協力の賜物ですよ。あなたに感謝されて、私のほうこそ感激です>(06/04)
(1年前の初診時、22歳。摂食障害+アルコール乱用+解離性障害の女性)


[条件反射]

 またまた振戦せん妄患者のお話です。振戦せん妄というのは、アルコール依存症患者にみられる強い禁断状態で、全身の震え(振戦)と運動興奮や軽度意識障害などが特徴です。多くの場合、断酒後3日以内に始まり、1、2週間で治まります。

 40代のNさん(女性)は、お金持ちの親の遺産を持て余して飲み続けている大酒のみです。入院翌日から5日間、振戦せん妄による支離滅裂な状態が続いています。<今日は何月何日?>と聞くと、正月過ぎなのに、「今は秋だから、10月でしょう」と言ったり、<ここはどこ?>と聞くと、「酒屋」と言ったり「自宅」と言ったり。その度に正しい解答を教えるのですが、翌日にはもう忘れています。

 男好きでおしゃべりのNさん、大した用でもないのにナースコールのベルを何度となく押して、若くてハンサムな男性看護師を呼び、あれこれとちょっかいを出して解放してくれません。看護師が、Nさんに質問しました。  <ここは、どこか分かっていますか?>
 Nさん、ちょっと考えて、
 「ここは、酒屋じゃない、と言いたいのでしょう。分かってますよ。」
 <じゃあ、どこ?>
 「ええっと、だから、ここはアカギでしょう」
 <赤城のアトは?>
 「赤城のアトは、あかぎ、・・・、アカギ、・・・、アカギコウゲン!」
 <そこまでは正解。でもそのアトは? いつも教えているでしょう。赤城高原ナンなの?>
 「赤城高原ホテル、じゃなかった。赤城高原ホス、・・・・、ホス」
 <いいセン行ってますよ。もう少し>
 「今思い出すから、黙っていて。赤城高原ホステル・・・、違う。赤城高原ホスピス・・・、違う。・・・・・。ああじれったい。赤城高原ホス、・・、ホス、・・・。分かった。赤城高原ホストクラブ! ねえ、もう少しお酒ちょうだい!」 (06/01/04)


[乾杯]

 アルコール、MDMA、覚せい剤、ケタミン、マジックマッシュルームにラッシュなどなど何でも乱用、何でも依存の夏子さん(28)。ソーバー、クリーン(断酒断薬)で1月たちました。しかし、まだまだ誘惑に弱くて危険がいっぱいです。

 そんな夏子さんが、外来を受診して、院長に最近1週間の報告をしました。

「昔の知人から、薬物売り込みのメールが来たんです。いけない、(メールを)消そう、と思ったけど、耳元で、悪魔が囁きました。『何も、メールを削除しなくても、買わなければ害はないはず』。でも、その時から、悪魔のお喋りが止まりません。『もう、こんな話は二度とないかもしれない』。『使う想像するだけなら金もかからないし害はない』。『買って隠しておくだけなら、害はない』。『あと、一回だけ』。もう、欲しくて欲しくてたまりません。30分も考えた末に、とうとう『買う』と返事してしまいました。そうしたら、その途端に『せっかく、1ヵ月やめているのに、・・・。第一、覚せい剤を買うお金をどうするの』と、自問自答し後悔しはじめました。その時、どういう訳か、院長先生のお顔が頭に浮かんだのです。院長先生が何ておっしゃるかな、て考えました。で、5分後に、『やっぱり、止めます。それから、もう二度と連絡しないで』とキャンセルのメールを入れ、アドレスを着信拒否リストに登録しました」
私(院長)「偉い!」
「でしょう。だから、自分をほめてあげました」
私「すばらしい。さすがは夏子さん!」
「で、そのあと、こんなに偉い夏子さんをたたえるために、ビールを1缶買ってきて祝杯を挙げました」
私「・・・・・・」
「先生、怒っているのでしょう」
私「いやいや、残念だったけど、飲んでしまったものは仕方がない。でも、ビール飲むときには、私の顔は思い浮かばなかったの?」
「はい、すみません」
私「まあ、正直に報告してくれたのは良かった。こういうことがあるから、やっぱり、抗酒剤も飲みましょうね」
「はい、そうします」(05/12)


[携帯電話]

 病院の外来待合室を通りかかったら、携帯電話を見ながらほほえんでいる中年男性がいました。
「先生、見てください」
と男性が言うので、ケイタイを覗き込むと、画面には、娘さん(27)の肩にもたれかかるように顔を寄せて笑っている奥様の写真がありました。

 3年前、覚せい剤など薬物乱用で幻覚妄想状態になり、警察騒ぎを起こす娘さんをどうしたものか、と途方にくれて相談に来たご両親です。その後、ご両親ともに当院の家族会に通い、娘さんも治療につながりました。娘さんが完全に薬物を絶って2年になります。

 その娘さんは、まだ不定期に院長の外来に通院しています。上記の出来事の数日後、娘さんの面接時、
「お父さんとね、1日に2、3回メールのやりとりしてるの。ううん、今何してるとか、お休みなさいとか、何でもないこと。何でもないところがいいの。お父さんがね、この頃絵文字を使うようになったの。先生、これ見て」
と、娘さんが私に携帯電話を差し出しました。お父さんからのメールです。
「たった3行半の文章に、ニコニコマークが2個、ハートマークが7つも付いて、チョー絵文字でしょう! それに、最後が、『愛してるよ、チュッ』だって。ちょっと、オトーサン、いい年して娘にそんなこと言っていいの、って、笑っちゃうでしょう。読む度に笑ってしまうから、消せないで取ってあるの。その時、昔のことを思い出したんです。昔はね、薬物取引にケイタイを使っていたから、ケイタイ見るときはもう大変。目が血走ってた・・・・・。先生、私ね、幸せって、こういうことかもしれないなって、この頃思うの」 (05/10)


[30歳の誕生日]

 外来受診の患者さんに突然言われました。
「今日が30歳の誕生日なんです。8年前の初診の時、先生はおっしゃったでしょう。『30歳を無事に迎えられたら、生き延びられる』って」
「お誕生日おめでとう。本当にそうでしたね。初診から数年間、ひどい時には、1週間に数回の自傷行為と自殺未遂、救急車騒ぎ、・・・・・。それがこの1年間は、アルコール問題も、薬物問題も、男騒ぎも、自傷も、自殺未遂も、救急車も、入院もなし。残っているのは、過食嘔吐だけ。それも前よりはずっと少ないし、・・・・・。あのエネルギーはどこに行ったの?」
「もう、若くないし、あんな元気はありませんね。あの頃は、30歳まで生きられるなんて信じられなかったし、生きたいとも思わなかった。何か、運命と和解したというか、・・・・・。体重も、あの頃より10kgも増えたのに、まっ、いいか、なんて思うんですよ」
「それが回復というものですよ。体重が増えても、今の方がずっときれいですよ」
「ありがとう」という患者さんの笑顔が神々しく見えました。
美人の患者さんに感謝されて、院長もご満悦です。(05/07)


[ヒントは『お財布』]

7年ぶりに受診したという25歳の女性患者さんを前に、
「あなたとは、以前、お会いしたような気がするけど?」
と言いながら、記憶の糸を手繰る私(院長)。
「先生、私のこと、思い出せませんか?」とにこやかに問いかける女性。
「カルテを見ると、前回の入院期間は1週間だけだし、主治医は私ではなかったのに、どうしてあなたとお会いした記憶があるのかな。あなた、入院中に何か、悪いことしました?ドラッグを持ち込むとか、男性問題を起こすとか?」
「何もしてませんよ」
「お話しした記憶はあるけど、それ以上、何も思い出せません。18歳で、若くてかわいい女性だったからかなあ」
「またまたお世辞を。じゃあ、ヒントをあげます。私のこと、病院のホームページに出てるんですよ」
「えっ、そうなの。うーーーん。うーーーん。分かりませんね。もうひとつヒントをください」
「はい。そうですね・・・・・。それでは、2番目のヒントは『お財布』」
「あっ、分かった。あなたは、『キティちゃんのお財布』の女性でしょう」
「ピンポーン、当たりです」(05/03)

(前回入院中、たまたま主治医が不在の時に、この女性に私が面接した時に、「お財布エピソード」を聞いて、「面白い人だなあ」と思って、ホームページに逸話を載せたから、記憶があったのです。女性は、前回の退院後、薬物はやめたけど、最近になってお酒に頼るようになったので、早めに受診した、ということでした。
『キティちゃんのお財布』エピソードをご存じない方は、【 薬物乱用、依存症、200人の証言−第2部 】 の【 逮捕、補導、裁判、刑務所 】項目をご覧ください)


[回復を信じる]

 アルコール症男性患者(25歳)が1ヵ月間の入院治療を終えて2週後、患者さんの母親からホスピタルに電話がありました。
 「息子が2日前にホスピタルを受診したまま帰ってきません。心配していたら今日、酔った本人から電話がありました。病院で酒を飲まされて警察に通報されたので、飲酒運転で捕まりそうだ。警察に追われて逃げている、というじゃありませんか。息子は、退院後はきっぱりと酒を止めていたのに何という事をするんですか。酒飲み仲間の会に行くように勧めたり、せっかく我慢している酒を病院で飲ましたり、そんなにまでして患者を再入院させたいのですか。そちらは金取り病院ですか」と激怒。

 電話を受けたPSW(精神科ソーシャルワーカー)が「病院で酒を飲ませるようなことはしませんよ」と答えても、母親は「信頼していたのに裏切られた」と言って一方的に電話を切ってしまいました。PSWから「どうしましょう」と相談を受けた院長。「放っておきなさい。そのうちにまた来るでしょう」

 4年後、連続飲酒でボロボロになった患者が母親に連れられて受診しました。今回は、母親の家族教室への参加を条件に再入院希望を受け入れました。前回の入院時には、忙しいから、と言って母親は家族会に参加しなかったのです。

 このレベルの母親でも、家族教室に通い続けていると見違えるほど変わってきます。3ヵ月間の第2回入院を終えて退院後6ヵ月目、今でも家族会に通っている母親が恥ずかしそうに言いました。「息子は勿論、私自身がとても回復したと思います。無知とはいえ、前回の退院後には失礼な電話をして申し訳ありませんでした。自助グループに通い続ける息子を見ていると、前とは違った意味で息子の回復を信じられるようになりました」 (05/02)


[アイスもなか]

 当院卒業生から、新しくHPを作ったのでよろしくというメールが来ました。2年前、(過食症+アルコール乱用)の治療のためにホスピタルに入院されていた方です。今は元気で活躍しているとのこと。
「アイスもなかをトイレに隠れて80個食べ、とても寒くてぶるぶる震えていた私を覚えていますか」だって。
そんなむちゃくちゃなことをする人を忘れる訳ないじゃない。

 アイスもなか過食の記録保持者、み〜らんさんのHPは、以下のサイトです。み〜らん どっと (http://www.mi-ran.com) (04/11)(註:「アイスもなか」というのは、正確には、病院内自販機にある「あずきもなか」だそうです。私も食べてみました。なかなかいける!)


[あすかちゃんの手紙]

 29歳のアルコール依存症女性患者、Yさんは、入院してまだ2週間というのに、もう退院したいとナースステーションに言ってきました。「私の退院を待ちわびている子供がいるから、そんなにのんびりしていられない」というのがその理由です。これまで、内科の病院に何度か入退院を繰り返してきた時と同じパターンです。実際には、子供の面倒は祖母がみているので、急ぐ理由は何もなくて、子供は退院の口実に過ぎません。

 「せめて、主治医が来る週明けまで待ちなさい」、と看護婦に言われ、しぶしぶ引き下がったYさん。月曜日には、案の定、「今日中に院長に面接してほしい」と申し出てきました。

 主治医である院長、忙しい月曜日のスケジュールをやりくりしてやっと時間を空け、その日の夕方、Yさんを面接室に呼び入れました。

 ところがYさん、面接室に入るなり言いました。「もう少し退院を延期して、きちんと治療することにしました」。

 「それはすばらしい。でも、どうして気が変わったのですか?」と院長が聴くと、Yさんはポロポロと涙を流し始めました。

 「長女の手紙が今日届きました。『ちゃんと治療をして、治してから退院してほしい』と書いてあるのです。これまで、お酒を飲んで乱暴なことをいう私に、怯えてばかりで、意見をするなんてことはなかったのに。8歳の娘に、こんなにまで心配をさせていたかと思うと申し訳なくて、・・・・・」

 院長が、その手紙を見たい、と言うと、Yさんは、「持ち歩いているんです。私の宝物ですから」と言って、大事そうに封筒を取り出しました。

 Yさんのこころを揺り動かした8歳の「あすかちゃんの手紙」は、これですAsuka's Letter。(04/12)

☆院長のコメント: お母さん思いのあすかちゃんの願いがかないますように。あすかちゃんが優しい心のまま成長されますように。


[親切すぎる運転手さん]

 アルコールと薬物、摂食障害で入院治療中の女性患者が二人、隣町の前橋市に買物に出かけました。二人とも20歳前後の美女です。帰り道、渋川駅からホスピタルまでバスに乗ればいいのですが、待ち時間がかなりあります。タクシーだと4千円余りかかりますが、二人のお金を合わせても2千円しかありません。一計を案じた二人、駅前近くの路上で車を止めて休憩中と思われるタクシーの運転手さんに声を掛けてみました。本当は二人とも1ヵ月以上前から入院中なのに、
 「私たち、赤城高原ホスピタルに入院中のお友達のお見舞いに来たんです。ホスピタルって遠いのですか? 2千円しかないけど行けるでしょうか」 
 親切なのか、ぴちぴちギャル二人に話しかけられて嬉しかったのか、気のいい運転手さん、
「うーーん。2千円じゃとても無理だけど、今ちょうど暇だから、ま、いいか」

ちゃっかりタクシーに乗り込んだ二人、「うゎー、紅葉がきれい」。「赤城高原ホスピタルってどんな病院なんですか」などと、初めて来た見舞い客のようなフリをして、キャーキャー言いながら、病院に着きました。

 若くて美人の「にいちゃん、かっこいい」などというお世辞にすっかり参った中年男性の運転手さん、別れ際に、
「帰りの時間が分かっていれば迎えに来てやるよ。親切ついでだから料金なんていいよ」 (04/10)

(註:ちょっとしたいたずら心から、心ならずも嘘を言ってしまった、と二人は反省していました。院長が二人を厳しく叱っておきましたから、許してあげてください)


[正しいガスの吸い方(?)、喫煙マナー]

 ビニール袋にライターガスを出して、それを口に持っていくのは、ガスが空気で薄まらないので、すごく効くけど危険です。ライターガス吸いながら死んだ、という事件が時々ありますが、ほとんどがこの吸い方です。正しいガスの吸い方は、ボンベを直接口に当てるのです。ほかにも注意があります。僕が18歳の時、ガスを吸っている途中でタバコを吸いたくなりました。それでタバコの火をつけようとしたところ、ボン!と目の前が真っ赤になりました。鼻から出たガスに引火、鼻毛がほとんど焼けてしまい、睫毛もこげてしまいました。
「気をつけよう。ガスとタバコの連続使用」。喫煙マナーの標語に応募したけど、ボツでした。(自称、かなり頭が痛んでいるライターガス専門の薬物乱用男、24歳)


[オリンピック]

 外来の待合室から聞き覚えのある中年男性患者さんの声がしました。診察室に入ると、ペコペコしながら、
「いやー、お恥ずかしい。オリンピックで日本選手を応援しながら、ついビールに手を出してしまいましてね。がんばれ、がんばれ、と言っているうちに、ビールから日本酒、日本酒からウィスキー、そして最後はお決まりの焼酎ラッパ飲みになってしまいました」 
担当医、「なんか、前にも聞いたことがある台詞ですね」
「そうなんです。オリンピックのたびに飲み続けになって入院して、今回が3回目。でも今回は、早めに受診することにしました。まだ飲み始めて1週間目ですから、入院しなくてよさそうです。えらいでしょう」
「うーーん。まあ、進歩というべきでしょうかね」
 という訳で、患者さんは、入院をせず、外来で採血をして、点滴をして、抗酒剤を処方してもらいました。

帰り際に、
「4年後にも、お願いします」
「えっ、次のオリンピックにも飲むの?」
「いえいえ、今度は飲む前に受診します」
「すばらしい。是非そうしてください」 (04/08)


[電話番号]

 赤城高原ホスピタルの職員が、病院に電話する時、何かブツブツつぶやきながら番号を押しているのを聞いたことがありますか? あれは、電話番号を間違えないように、語呂合わせのセンテンスを言っているのです。

これまで部外秘になっていたその語呂合わせの呪文をこっそり教えてあげます。

ホスピタルの電話は、0279-56-8148。呪文は、「鬼も泣く、ゴロツキの、ハイ、酔っ払い」です。でも、職員と患者さん方の一部は、別の呪文を使っています。
それは、「鬼も泣く、ゴロツキは、医者」
お好きな方を覚えてください。

部外秘とはいっても、この呪文、職員と古株の患者さんの間では、結構有名です。ゴロツキ呼ばわりしているけど、実はとても仲が良いのです。(04/06)


[23年間の断酒]

 東京原宿の外苑神経科を60歳代後半の男性が受診しました。主訴は不眠です。男性が言いました。「先生はもうお忘れかもしれませんが、私は、23年前にアルコール依存症で東京のxxxx病院に入院した時、先生にお会いしました。先生のお勧めで入院中から3ヵ月間、都内のAAにせっせと通ったんです」

 男性は、退院後もAAに通い続け、入院治療以来、一滴のアルコールも飲まず、会社を勤め上げ、65歳で定年退職を迎えました。生活リズムが変わって、不眠がちになったが、安易に睡眠薬に頼るのは危険だと思い、遠距離から私のクリニックを受診したとのことでした。

 そういえば、確かに記憶があります。当時40歳過ぎの男性は、酒で家庭も会社も自分の体も、全てを失いかけていました。治療をきっかけに回復し、この20年余りを健康に過ごしてきたのです。私は、思わず男性の手を握り締めて言いました。

 「あなたはあの苦境をしのいで、生き抜いたのだから、退職くらいの生活変化は何とか乗り切れますよ。それにしても、よく私を訪ねて来てくれましたね。若かりし日の戦友に会ったみたいにうれしいです。私たちは、共にアルコール症と戦った同士ですよね。あなたはその戦いに勝ったのですよ。これからは、ご自分を労わって少し休まれたらいいのに、働き者のあなたにはそれが難しいのですね」

 男性の実直そうな目にうっすらと涙が浮かびました。ただ自助グループを紹介しただけなのに、回復したのは、私の治療の結果というより患者と家族の努力の成果なのに、ちょっぴり名医になった気分で、その日一日ご機嫌の院長でした。(04/04)


[犬も歩けば]

 23歳の(薬物乱用+摂食障害+盗癖)の女性患者さんがなぜか1週間前から躁状態になりました。余りに騒がしいので、閉鎖病棟に収容しましたが、意味不明というか、思いつきのような字余り川柳みたいな詩を、次から次にメモ用紙に書いては、看護師に提出してきます(このような症状を専門用語で、「思考奔逸、行為促迫」といいます)。その中で、傑作と思えるものを幾つか紹介します。審査基準は院長の好みです。

(題名:犬も歩けば)「犬も歩けば、ねずみも泳ぐ、ねこも歩けば、300年!!!」
よく分からないので、「そのこころは?」と聞いてみました。
返答は、「みんな、生きているだけで幸せなんだよ」

(題名:素っぱだか)「裸になるって、恥ずかしいことだよね。でも勇気を出して脱いでみよう。きっと何か大切なものが見えてくるよ」
院長、「まさか、あなたこれを実行したのじゃないでしょうね」
患者さん、「ブーー。実行はしませんよ」
院長、「あー、よかった」

「この二つは、傑作だから、ホームページに載せていいかな」と聞いてみたら、即OK。
おまけに、「だったら、これも載っけたら、」と即興で次の作品を書いてくれました。

(題名:赤城高原ホスピタル)「ここは天国。幸せな、魔法の国だ。ほうら、みんな治って、元気に退院だ」(04/04)


[セックス依存症]

 前回の面接中に患者さんが関心を示した本を貸してあげる約束をしたことをすっかり忘れていた院長、患者さんに指摘されて、
「あれっ、忘れないようにあなたの名前と用件を書いたメモをいつものように胸のポケットに入れておいたんだけどな」
 と言いながら、あちこちのポケットを探ってみました。
「どうも、落としたらしい」
 23歳の女性患者さんが、心配そうに聞きました。
「そのメモに何と書いたのですか?」
「うん、あなたのお名前の下に、セックス依存症の本、と」
「まさか、・・・。それを落としたんですか?」
 と患者さんが院長に詰め寄りました。
「ええと、はあ、それはまずいですね」
 患者さんが怖い顔をして院長を睨んでいます。
 院長、冷汗をかきながら、体中をまさぐっていました。そして、やっと内ポケットにメモを見つけました。
「あった、あった。これだ」
 患者さんが、メモを覗きこみました。そこには、患者さんのイニシャルの下に、「愛しすぎる女性の本」と書いてありました。
「ほおらね。私は用心深いんだ」 (04/01)


[院長の悪口]

 院長が、デイホールを通りかかった時、ソファで話し込んでいた二人の患者と目が合いました。それまでにぎやかに談笑していたのに急に黙り込む二人、20代と30代の女性患者です。二人は顔を見合わせ、くすくす意味ありげに笑っています。
 「あっ、今、二人で院長の悪口言ってたんでしょう?」
と私が立ち止まると、二人は、もう一度顔を見合わせ、大笑いしました。
 もう少し、問い詰めようかとも思いましたが、急ぎの用があったので、そのままになりました。その日の午後、30代の女性の面接で、改めて、笑いの訳を聞いてみました。
 「薬物(乱用者の)ミーティングで、二人とも、ひどい処方薬依存だと分かったんです。それで仲良くなって、お互いの経験を話し合っていたんです。私が入院直後の頃、主治医の院長に、『クスリがないと寝られません』と言ったら、院長の返事は『じゃあ、起きていてください』だった、と話したら、彼女も同じだって。だから、ひどい医者だって、呪っていた、と話したら、それもおんなじ」
 「じゃあ、やっぱり、悪口言ってたんだ」
 「ううん。そうじゃないんです。その話の後、でも、そんなキビシーーイ院長のおかげで、処方薬乱用を止められたって、二人で、感謝していたんですよ」
 「ホントかなーー」
 「ううん。ホント、ホント、神かけてホントです」

 お世辞かなあ、と思いながらも顔がほころぶ院長でした。(04/01)


[お正月のご挨拶]

 お正月明け、解離性同一性障害のMさんとの初面接開始後間もなく、4歳のアイちゃんが出てきました。
 私が「アイちゃん、明けましておめでとうございます」と言っても、アイちゃんは、
 「おっきいせんせい、おっきいせんせい」
 とはしゃいでばかりで返事をしてくれません。
 「アイちゃん、アイちゃん。ご挨拶はどうしたの。お正月には何と言うのかな?」
 アイちゃん、ちょっと首を傾けて
 「・・・・・・。わかった。おとしだま! せんせい。おとしだまください」
 「あれあれ、違うでしょ。お正月のご挨拶よ。はい、アイちゃん。明けましておめでとうございます」
 「はい、せんせい。おとしだま」
 「うーーん。困ったな。先生の後に続けてご挨拶してね。明けましておめでとう」
 「ウーーン、ウーーン。こまったな。おとしだま!」
 早口で、「あけまして、おめでとうございます」
 アイちゃんも早口で「おとしだまください」
 私、「あけまして!」
 アイちゃん、「おとしだま!」
 「うーーん。うーーん。アイちゃんは、もう、おねんねしなさい」
 これは、成功。アイちゃんは、簡単にコトッと寝てしまいました。でも、お正月のご挨拶を教えるのは完全に失敗してしまいました。(04/01)


[泣き虫の蛍ちゃん]

 3、4年前、私(院長)の外来患者さんに、摂食障害の若い女性(当時20歳?)がいました。目の大きなかわいいお嬢さんでしたが、私の記憶に残っているのは、その大きな目から流れる涙の方です。精神科では、悲しい思い出や苦しい悩みについて話すので、面接時に泣く方は少なくありませんが、この女性の泣き方は、特別でした。

 女性はほとんど喋らず、嗚咽することもありませんでした。ただ、涙が泉のように湧き、溢れ出し、滂沱として頬を流れ、胸と膝を濡らしました。そうだ、この人は、言葉が音声にならず涙になって出るのだ。何と言っているのだろう、この女性は何を訴えたいのだろう、そう思って私はその女性に向かい合っていました。女性は、初診時だけでなく、再来でも、泣いてばかりでした。数回の面接が終わった後でも、途切れ途切れの会話から得た情報は、長期間、過食のことを誰にも言えずに隠してきたということだけでした。

 私が、当時、人気のTVドラマ、「北の国から」のシーンを思い出して、「あなたのように涙がいっぱい出る人を見たことがありません。まるで蛍ちゃんみたいですね」と言ったら、その時だけ、ちょっぴり笑顔を見せてくれました。それでも数回の面接の後、主治医の勧めで、女性は、摂食障害のことをお母さんに話すことができました。お母さんが治療に協力してくれるようになると今度は、うれしくて泣いていました。泣いてばかりで会話にならない時でも、私が「泣き虫の蛍ちゃん」と呼ぶと、泣き笑いの顔になりました。そのうちに笑顔のまま、涙なしで面接が終わるようになって、数ヵ月後に私の治療から卒業していきました。今年の12月中旬、「北の国から」スペシャルが放映されました。蛍役の女優、中嶋朋子さんを見ていたら、「泣き虫の蛍ちゃん」を思い出しました。(03/12)

☆院長のコメント:「泣き虫の蛍ちゃん」は褒め言葉です。悲しい時、うれしい時に泣けるのは、健康さの証明、回復の徴候です。泣き虫の蛍ちゃん、幸せを祈っています。


[コユキちゃん]

 解離性同一性患者のユキエちゃん(17歳)の交代人格のひとり、3歳のユキちゃんは、看護師のYさん(30代、男性)が大好きです。夜勤の時間が始まる11時にはナースステーションをやって来て、Yさんを見つけると大喜び、申し送りが終わるとナースステーションに入り込み、遊んでいきます。同じ年頃の女の子の親であるYさんは、子供をあやすのが上手です。10分くらい遊んだ後で、「ユキエちゃんに戻ってね」、と言うと、聞き分けよく、ユキエちゃん(主人格)に代わり、おとなしくベッドに戻ります。

 実は、ユキちゃんがYさんを好きな本当の理由は別にありました。今日、そのことが分かりました。ユキちゃんがYさんのお腹をポンポンたたきながら、「アンパンマンだぁ- !」と言ったのです。そうです。ユキちゃんはアンパンマンのファンだったのです。そういえば、Yさん、坊主頭にまんまる顔。よく似ています。アンパンマンと呼ばれて、まんざらでもなさそうですが、「空を飛んで見せて」と言われるのだけは困るそうです。アニメに詳しい看護師によると、アンパンマンにはコユキちゃんという冬の仲間がいるそうです。ちょっぴりはずかしがりやで、雪を降らせたり風をふかせたりして町や村を冬景色にするとか。ユキちゃんはコユキちゃんと同一人物かもしれませんね。(03/12)

☆院長のコメント: アンパンマンについて、もっと知りたい人は、このサイトをご覧ください→ 「アンパンマン」 「大好き!アンパンマン〜勇気★りんりん」
☆院長コメントの追加: ユキちゃんによると、院長は、食パンマンだって。


[盗難事件]

 ホスピタルでは、時々、病棟内で盗難騒ぎが起こります。金銭被害のこともありますが、過食症患者による食べ物の盗難が良く起こります。目の前に酒瓶を置かれたアルコール依存症患者と同様、パニック状態になった摂食障害患者は、過食欲求に打ち勝つことが困難なのです。

 先日も4人部屋の3人の食べ物がなくなり、同室のひとりの患者が疑われる事態になりました。急に3人が冷たくなって、嫌味っぽい話し方をするようになった、と疑われた女性患者(22歳、摂食障害)が泣きながら主治医に無実を訴えました。入院前に万引事件があり、入院後も食事時に盛りの多い食事と取り替えるなど、食事に関するトラブルがあって、院内の万引・盗癖ミーティングへの出席を義務付けられていた患者です。状況は被疑者に不利で、無実を証明する方法はありません。主治医(院長)もどうすることもできず、「いずれ無実は晴らされる」と患者を慰め、部屋を変えて様子を見ていました。

 しかしこの事件は思わぬところから解決に至りました。疑われていた患者が部屋を移った後も被害が続いたのです。前回と同じように窓の外側の棚状の出っ張りに置いてあった食べ物がなくなりました。ちょうど被害者が同室の二人に説明していたところ、窓に黒い影が見えました。その影が食べ物を袋ごとさらってあっという間に空中に消えました。3人が窓に駆け寄るとケヤキの枝に袋を破いてパンをついばむカラスがみえました。

 疑われていた女性患者が、うれしそうな顔をして院長に報告してきました。3人が疑って悪かった、と謝ってくれ、元の部屋に戻って欲しいというので、そうしたということです。しかも、この事件は、彼女自身の回復のきっかけにもなりました。事件後の患者の述懐です。「これまで、万引や盗みに関して軽く考えていました。出来心とはいえ、そのような行動が被害者や疑われた人の心を深く傷つけることが分かりました。カラスさん、ありがとう、と言いたいです」(03/11)


[ゆびきりげんまん]

 解離性同一性障害の女性(29歳)がまた自傷をしてしまいました。昨日、副人格のひとり、雅恵さん(10歳)がガラスのかけらで出血するほど左手首をひっかいたのです。面接で、雅恵さんを呼び出しました。自分だけが(虐待の)痛みを引き受けてきた、と怒っています。彼女の存在価値を認め、慰め、それでも、自傷をしないことを約束させました。最後に、指切りをしました。「ゆびきりげんまん、うそついたら、ハリせんぼんの――ます」
ところが、雅恵さん、ここでうっとりした顔になり、「えっ、ハリせんぼん? ハリ、ハリ、ハリせんぼん欲しい!」
院長、あわてて、「だめ、だめ、ハリはだめ」
「じゃあ、手を切らなかったら遊んでね」
「うん、そうだなー」
「じゃあ、約束よ。それじゃ、はい、ゆびきりげんまん、うそついたら、ハリせんぼんの――ます」
結局、院長の方が約束させられてしまいました。(03/10)


[オムツ病院]

 大酒のみの60台男性が閉鎖病棟に入院しました。遷延性振戦せん妄(強い禁断症状が持続している)状態で、支離滅裂。所かまわず小便をします。仕方がないので成人用のオムツをはかせましたが、今日もオムツをはずしてベッド脇で小便をしてしまいました。ところが、この患者、こんなにトンチンカンなのに、減らず口だけは一人前です。
「オムツを取ってはいけませんよ」
という看護師をうるさがって強い口調で言いました。
「オムツ、オムツとうるさいんだよ。ここはオムツ病院か」
この時看護師少しも騒がず、
「ここはオムツ病院かですって、とんでもございません。ここは、・・・・・、ここは、オツム病院でございます」(03/09)


[魔法使いサリー]

 解離性同一性障害(DID)の方々は、当院入院患者全体から見ると数は多くないのに、いろいろ変わったことをしてくれるので、このコーナーにはよく登場します。DID嫌いの精神科医の皆さん、是非、DID治療に参加してください。

 さて、今回も、当院入院中の21歳(まーちゃん)と17歳(りーちゃん)、二人の女性DID患者のお話です。普段の二人は、そろって心優しいしとやかな乙女です。でも、どういう訳か、この日、お二人とも情緒不安定で閉鎖病棟に入っていました。この病棟にその日の午後入院した30代女性アルコール症患者が落ち着きません。振戦せん妄(重症の禁断状態)で、夕方から喋り続けています。夜の11時頃、眠っていたはずのまーちゃんががばっと起き上がり、ベッドの上に仁王立ち。ドスの効いた声で怒鳴りました。「うるせーぞ、このアマ、夜の何時だと思ってやがるんだ」 
暴走族の「やっちゃん」、19歳に人格交代してしまったのです。

 すぐに夜勤の看護師が駆けつけましたが、やっちゃんは、三白眼で集まった看護師や他の患者を睥睨(へいげい)し、威張っています。やっとのことで、ベッドから降しましたが、取り押さえようとした看護師の手を振りほどこうと暴れまわります。院長も呼ばれて駆けつけました。「静かに。落ち着いて」という院長に、やっちゃん、「放せー、院長だか何だか知らんが、どうしてくれる!」

 物音を聞きつけた入院患者が集まってきました。夜間に大騒ぎする患者を放置しておくと連鎖反応が起こります。院長が「仕方ない。えーーと、セレネース1アンプル、筋注で、・・・・・」と言いかけたところで、17歳のリーちゃんが、「待って」と言いながら、やっちゃんの真正面に進み出ました。

 りーちゃん、右手を頭上に高く挙げ、天井を指さし、それを勢いよくやっちゃんの顔の方向に振り下ろしました。そして同時に、強く、はっきりとした声でやっちゃんに命令しました。「まーちゃんに戻れ!」

 するとあらあら不思議、やっちゃん、へなへなとその場に座り込みました。急に首を垂れて意識を失って3秒後、看護師の呼びかけに顔を起こすと辺りを見回し、とぼけた声で「みんな、どうしたの?」  まーちゃんに戻ったのです。唖然としてこの様子を眺めていた院長、我に返って、「すごい。りーちゃんは、本当は魔法使いサリーだったんだ。・・・・・。さあ、今夜はもう終わり、看護師は明日、サリーに魔法を教わっておくこと」(03/08)

☆ 院長のコメント:魔法使いサリーを知らない人は、このサイトをご覧あれ−−−>さかぽよすの「魔法使いサリー」のページ(03/11/27確認)


[赤城抗体はいかが?]

 マスメディアやネット情報上での「赤城高原ホスピタル」の紹介文や、引用、郵便物の宛名などで、実際に使われていた誤った病院の名称は10種類以上。多いのは、「赤木高原ホスピタル」、「赤城ホスピタル」、「赤城高原病院」など。傑作なのは、「赤城高原ホスピス」、「赤城高原ホスピタル病院」などです(もっと詳しい情報はこちら−−−>「お問合せをくださる方へ」)。でも、この度、当院開設以来初めてという特筆すべき大傑作の病院名をいただきました。あるアディクション関係業界機関から当院宛に送付されたダイレクトメールの封筒の宛名、一目見て医局員一同吹き出してしまいました。そこには、「赤城抗原ホスピタル、竹村道夫様」と印刷されていました。えっ、病原体になった気分はどうかですって? ウーーン。でも、元来楽天的な院長は、そんな風には深読みしません。善意に解釈しました。あなたも、この夏、ホスピタルで赤城抗体をもらって、嗜癖問題への抵抗力をつけてはいかが?(03/07)


[保育園] 

 17歳の解離性同一性障害(多重人格性障害;略称DID)の少女が受診しましたが、会ってみると4歳の交代人格「あやちゃん」でした。面接室では大声で幼児言葉を喋ったり椅子をぐるぐる回して遊んだりして一時もじっとしていません。仕方がないので、「お散歩に行こうね」と廊下に連れ出しました。外来の待合室から病棟に向かう廊下でもうひとりのDID患者(16歳女性)に会いました。3歳の交代人格「えりたん」になっていました。私は二人を相互に紹介しながら、両脇に従えて歩き始めました。後ろから「保育園みたいね」と言う声が聞こえました。邪魔をしたらいけないと思ったのか、PSW(精神科ソーシャルワーカー)がすこし離れて見ていました。二人の交代人格はすぐに仲良しになったようでした。左脇のあやちゃんは私のことを「ちぇんちぇい」と呼び、右脇のえりたんは、「てんてぇ」と呼びます。「ちぇんちぇい」、「てんてぇ」と言い合いながらはしゃいでいます。「しめしめ。このまま二人を面接室に連れて行って、子供同士で遊ばせておくと、私は子守役から開放されるし、観察もできるぞ」と思いました。そしてナースステーション前を通りかかった時のことです。もうひとりのDID患者(20歳女性)の後姿を見かけました。くるっとこちらを向いた彼女は指をしゃぶっていました。交代人格の「ノンちゃん(3歳)」です。突然、私は恐ろしい現実に気づきました。「大変だ。あと数人が解離すると収拾がつかなくなる」実際に、現在この3人のほかに解離しそうな患者が4、5名はいます。そこで私は面接室にいくのは諦めて、ナースステーションに入り、3人の少女をそれぞれ別のナースに引渡し、バラバラにして人目につかない場所に誘導しました。3人の交代人格の遭遇は、数秒間で終わりになりました。(03/05)

☆院長のコメント:この事件の後も解離性同一性障害の患者同士が会うことが多くなり、交代人格の子供同士の会話はホスピタルでは普通に見られる光景になりました。子供は子供が好きのようで、ひとりの子供人格が現れると、他の解離性同一性障害の患者も刺激を受けて、子供人格が登場するようです。子供(人格)同士が会話しているのを観察すると、異次元の世界に入ったような不思議な気分になります。(03/07)
 
☆院長コメントの追加:交代人格の子供同士の会話も多いけど、最近良く見られるのは、片方が子供になると、相手が子供好きのお姉さん人格になる現象です。かわりばんこにこれをやっているのを見ながら、DIDのメカニズムを考えているとすごい勉強になります。(03/09)


[寛容すぎる院長]

1年前にホスピタルに入院していたという女性(24歳)から電話がありました。
「入院中には、ご迷惑をかけて済みませんでした」
私(院長)
「えっ、何のことですか?」
「院長に怒鳴ったりしてすみませんでした」
「いいんですよ。そんなこと」
「あんなことしたのに、私を嫌いもせず、捨てもせず、その後も主治医として私を診てくださったし、・・・」
「そんなこと、当然ですよ。暴力振るった訳じゃないし、物を壊したわけじゃないし、・・・」
「それが、やっちゃったんです」
「何をしたの?」
「30キロのところを50キロ以上で走っていて、スピード違反で捕まったんです。そんなのみんなやってるじゃないか、と腹立てて、警察官に駄々こねていて、調子に乗りすぎて、交通違反切符をぐしゃぐしゃに塗りつぶしちゃったんです。そしたら、あっという間にパトカー4台と白バイが5台集まってきて、『みんなが見てるし、警察署で話しましょう』と優しく言われて、パトカーに乗せられて警察署に行ったんです。着いたら、その場で逮捕され手錠をかけられました。昨夜は留置所に泊まったんですよ」
「へー、あなた、警察官に楯突くなんて、何て乱暴なことをするの」
「以前、ホスピタルのカウンセラーに、院長に怒りを伝えられたのはよかった、と言われたものだから、・・・」
「へー、ケースワーカーがそんなこと言ったの。でも、それとこれとは別でしょ」
「そうなんです。警察は病院とは違う、警察官は院長のようには優しくない、と分かりました。・・・それで、警察から、問い合わせの電話があるはずだから、私の病名とか、入院期間とか、話してほしいんです」
「なるほど、」(03/06)

こういうことがあるから、入院中に、あまりに寛容すぎるのも考え物です。なお、女性の罪名は公務執行妨害罪と公文書毀棄罪だということです。


[なんでだろう踊り] 

 自傷行為を繰り返す、解離性同一性障害の患者(20台、女性)の面接中、患者の質問。
「同じ自傷行為の○○さんは、もう開放に出られたのに、どうして私はまだ閉鎖なのですか」
院長、「あなたはこの一月に3回目(の自傷行為)だからね」
「でも、前回切ったのは、私じゃなくてナイフです」(注:ナイフというのは、交代人格の一人。自傷行為癖がある) 
「ウーーン、そう言われても、ね」 
「なんでですか」 
「何でだろうね」 
(ちょっとおどけて)「ずるーーい。ずるーい」
私(院長)、「なんでだろう、なんでだろう」と、手をくねくね。
「踊りでごまかすなんてずるーい。ね、先生。何でもするから、来週の月曜日には(開放に)出してください」
「分かった、それじゃ、こうしよう。今先生がやったなんでだろう踊りをマスターすれば、開放OK」
「でも、テレビ見ないから、その踊り知りません」
「踊りを知っている看護師さんに習いなさい」
主治医が不在の週末ごとに、自傷行為(左前腕を刃物やガラス破片で切り刻む)を繰り返していた患者は、4、5人の看護師に「何でだろう踊り」を習い、この技をマスターするのに忙しくて、自傷行為もせず、無事にこの週末を過ごしました。
翌週、患者は、体を斜めにして横に飛ぶ動作を含めた、見事な「何でだろう踊り」を主治医に披露して、開放病棟に出ました。(03/04)

(院長解説:え? 何でだろう踊りを知らない? 若手お笑い芸人“テツandトモ”のギャグ。手を胸の前で、下からXに交差させるように踊る ==> テツandトモ公式サイト


[おつきあい] 

 赤城高原ホスピタルでは、男女の嗜癖者を開放的な環境で治療するため、エネルギーのありあまる患者さん方の中には、アルコールや薬物を絶ったイライラや空虚感から異性と急接近し、性的行動に走ることがしばしば起こります。ホスピタルでは、治療的環境を保つため、院内での性的行動は厳しくチェックし、警告し、それでも続けば、関係者を強制退院にします。でも、あまり厳しく取り締まるのもどんなものでしょうか。取り締まる方がちょっと照れてしまいます。

 恋愛依存症の傾向のある、30代の女性が、40代のアルコール症男性と急接近し、昨夜も暗い外来待合室で、抱き合ってキスをしていた、と看護スタッフから報告がありました。この女性の性的行動が問題になるのは3回目。相手の男性は、前回とは別人です。主治医である院長は、早速、女性を面接室に呼んで事情聴取をしました。

「院内での性的行動は困ります」
「何のことですか?」
「昨夜の午前0時頃、○○○○さんと、外来待合室でキスをしていましたね」
「あれは、ただお付き合いをしていただけです」
「あなたは、お付き合いする度に、チュウをするの?」
「ちょっと、ふざけていただけです」
「おふざけでも、チュウはだめ」
「あれは、ただの、おつきあい」
「おつきあいでも、チューはだめ」
「チューじゃなくて、あれは、ただの、お、つ、き、あ、い」
「分かりました。おつきあいはいいけど、お、チュー、き、あ、い、はやめてください」
女性は大笑いの後、「わかりました」だって。
やれやれ。(03/03)


[ATM] 

 エクスタシーと同じだよ、と友達が教えてくれた合法ドラッグを試してみたくて、大人のおもちゃ屋で、「ATMある?」って聞いたら、お店の人が「お金がないのね。あそこの角にあるよ」と言ってくれました。変なことをいうものだな、と思いながらも行ってみたらそこは銀行でした。おかしいな、と思ってよくよく考えてみたら、ATMはautomatic teller machine (自動現金預金支払機)、合法ドラッグの方はAMTでした(25歳、女性; AMTの通称は「デイトリッパー」)。(03/01)


[いちご]

 ナースステーション前の廊下で、歩きながら何かをかじっている若い女性を見かけました。何となく仕草が幼児っぽいようです。
「あれっ、あなたはさっちゃん?」
「はーーい、さっちゃんです」
 と返事をしながら、むしゃむしゃ。解離性同一性障害の21歳の女性です。4歳の交代人格になっているのです。
「歩きながら食べちゃいけないでしょう。何を食べているの?」
「いちご」
「いちごが好きなのね」
「うん、大好き。センセイも好き?」
「うん、センセイも好きだよ。でも、お部屋で座って食べなさい」
 と送り出した院長をさっちゃんが振り返って、
「ほら、ほら、見て、パンティもいちごだよ」
 と、止める間もなく、ジーパンの横をめくって見せてくれました。
確かにいちご柄のパンティでした。
 院長、一瞬、我に返って、周囲を見回してしまいました。
「男の人に下着を見せちゃいけませんよ」
 とさっちゃんに性教育をすべきだったでしょうか?(02/12)


[お誕生日] 

 解離性同一性障害(DID)の主人格は毎年誕生日に年齢が増えるのですが、二次的人格(副人格)も同じように年を取るかどうか疑問に思う方も多いと思います。私の経験では、この点は症例によって違うようです。(或いは、一人の患者でも、副人格ごとに異なる)。ここに注目した私は、最近新しい治療作戦を立てました。ほとんどのDID患者で、幼児人格が見られますが、しばしば登場する幼児人格に、誕生日と年齢を質問し、それをカルテに書き付け、そして二次的人格も誕生日に強制的に加齢させるという作戦です。解離性同一性障害の治療には5,6年かかるというのが定説なので、順調に加齢すると3歳の二次的人格はいずれ、8,9歳になるだろう。そうすれば人格のスイッチングが目立たなくなるはずだ、という遠大なる計画です。さて、ここまでが背景説明、ここからが本題です。

 20台後半のDID患者の面接中のことです。突然患者は指しゃぶりを始め、幼児言葉で話し始めました。
私を指差して「ちぇんちぇい(先生のこと)!」
おなじみの二次的人格です。
私は、「こんにちは、みよちゃん」と呼びかけます。
「みよちゃんのお年はいくつかな?」
みよちゃんは指を3本突き出します。
[みっつ? あれっ、おかしいな。だって、みよちゃんは去年も三歳って言ってたよ。お誕生日には、3歳の人は4歳になるんだよ」
みよちゃん、目をくりくり回して、お口をもごもご。
私は、「お誕生日には、先生も看護婦さんも、おかあさんもみよちゃんも、みーんなお年がひとつ増えるんだよ」と、畳み掛けました。
実のところ、声には出さないものの、「しめた。うまくいきそうだ」と思いました。
ところが、次の瞬間、みよちゃんが勝ち誇ったように叫びました。
「ウソだーーい。そんなのウソ。だって、お誕生日のケーキ食べてないもん」
私、「・・・・・・・・・・」 (02/11)


[依存症のイ] 

 出張講演の後、聴衆のひとりから相談を受けました。アルコール症の中年女性で、入院希望でした。早速、ホスピタルに入院予約の電話を入れました。「名前は、酒井由依さん、酒飲みのサケに、井戸のイ、理由のユウに、えーと、えーと、あっそうだ、依存症のイ」
目の前で聞いていた患者さんが言いました。「先生、勘弁してくださいよ。どうせ私はアル中ですから、苗字のほうの酒飲みは仕方ないとしても、名前の方の依存症のイはひどいでしょう」
院長「ごめん、ごめん、職業柄、ほかの述語が思い出せませんでした」(02/09 )


[プリンちゃん] 

 解離性同一性障害(DID)の交代人格には、猫人格が犬人格より多い、というのが、筆者(院長)の観察。この記事を読んだHPビジターからEメールをいただきました。犬人格のDIDの方を知っているというのです。メールによると、そのDIDの方には、「ぷりんちゃん」という二次的人格があり、それはアニメキャラクターの「ポムポムプリン」に由来するとの事でした。

 院長が、医局でこの報告をして、「だれか、ポムポムプリンって知ってる?」と聞いたところ、PSW(精神科ソーシャルワーカー)のひとり(20代後半、女性)が、「はーーい。知ってます。これです」と、いつも持ち歩いているというプリンちゃんのハンカチを見せてくれました。彼女、犬も猫も大好きで、プリンちゃんの隠れファンだそうです。医局の全員がハンカチを見ながら、会ったことのないそのDID患者さんの幸せを祈りました。(02/09/12)
関連記事「解離性障害と猫人格」


[MDM?] 

 赤城高原ホスピタルには、薬物乱用関連のミーティングに、違法薬乱用者のドラッグミーティング(Drug Meeting、略称DM)と処方薬乱用者の自助的ミーティング(Medical Drug Meeting)があり、後者は略称MDMといいます。依存性薬物なら何でも一通りは乱用する、何でも依存のKさん(24歳、女性)に、主治医(院長)がMDM出席を勧めました。Kさん驚いて「えっ、そこではエクスタシー使っていいのですか?」 これには院長も一瞬目を白黒、何のことだか訳が分かりません。そして気がつきました。「エクスタシー」というのは、覚せい剤類似違法薬物、MDMまたはMDMAのストリートネイム(乱用者の隠語)なんです。<ここは病院ですよ。そんな訳ないでしょ>と院長が一喝。(02/06)


[ひよこ饅頭]

 過食症のSさん(28歳、女性)は、食べ物の管理がめちゃくちゃ。持物から腐った食べ物、カビが生えた食べ物がいっぱい出てきます。あまりにひどいので、週に1度、看護師が持物整理をすることになっています。今日も持物を点検していると、半年前に賞味期限の切れたひよこ饅頭が出てきました。
通りかかった婦長の一声、
「これはもうひよこじゃないわよ。半年過ぎたからもう立派な親鳥よ」
うまい!(02/06)


[少しですが食べてください]

 72歳のAさんは、アルコール依存症で入院して3日目。落ち着きがなく、夜間も閉鎖病棟内を徘徊しています。老人性痴呆なのか、振戦せん妄(重症の離脱症状)なのか分かりませんが、ちょっと的外れの応答をしています。深夜勤の看護師が巡回していると、「これ、少しですが食べてください」と紙包みを差し出しました。開けてみると汚れたオムツでした。(02/04)


[あゆに似てる?]

 20才のMさんは、処方薬、市販薬依存で入院したばかり。まだ薬漬けで脱抑制の状態です。あまり急速に薬物を中断するとけいれん発作が起こるので処方を漸減しているからです。廊下で誰かれなく治療スタッフを捕まえて、「ねえねえ、私ってあゆに似てる?」と聞きます。もちろん浜崎あゆみのことです。「そうね、似ていなくもないわね」などといい加減な返事などしようものなら大変、「本当?どこが似てる?目が似てる?それとも鼻?」と食い下がられます。とうとう看護主任から主治医である院長に対策を考えてほしいという要望がでました。以下、院長の回答です。

Mさん「ねえねえ、私ってあゆに似てる?」
院長、少し下がって、Mさんの全身を見る。 「全体の雰囲気は似てるな。あれっ」とMさんの手を取って、「あゆは手首に傷があったっけ。いやいやそんなことはない。ここは似てないな。あゆはこういうことはしないな。この傷が消えると似てくるかもしれない」
Mさんには、自傷行為によるリストカット(手首切り)があり、左手首が傷だらけなのです。

 職員全員で1週間ほどこの対応をしたところ、「あゆに似てる?」はなくなりました。自傷行為もほとんどなくなりました。

☆ 院長のコメント:これは治療のごく一部です。こんなお笑い教室のようなことばかりしている訳ではありません。また、うまく行ったのはたまたまかもしれません。(02/04)


[ハリハグ作戦]

 17歳のNさんは、性虐待の被害者で、自傷行為の癖があります。待ち針や画鋲を腕に刺すのです。時々ナースが荷物検査をして危険物は取り上げますが翌日にはもうどこかから新しい画鋲を見つけてきています。そのほかにも夜になると手をベッド枠に打ち付けたり、腕を何かにこすり付けたりします。ある日Nさんが深夜にナースステーションにやってきて、「ハリ、ハリ」と言って、夜勤のナースに左手を突き出しました。目に涙をいっぱい溜めています。「どうしたの、針が刺さっているの?」とナースが聞きますが、Nさんは首を横に振ります。なおもナースが聞くと「針を刺して」と言うのです。

「注射をしてほしいの?」と聞くと、Nさん、「体じゅうにハリを刺して!」
ナースは困ってしまいました。その日は何とか寝かしつけましたが、その日以後、少女は毎日真夜中に「ハリ、ハリ」と言ってナースステーションにやってくるようになりました。看護のミーティングで、主治医(院長)に対応法を考えてもらうことになりました。

 院長の面接で、Nさんは幼児期からお母さんに抱いてもらった記憶がほとんどないことが分かりました。院長の処方。「これからは、ハリじゃなくて、ハグにしなさい」

 その日以来、Nさんが「ハリを刺して。ハリをちょうだい」と言ってやってくると、看護師が「はいはい、ハリが欲しいのね」とナースステーションに導き入れて、「ほうら、ハリはあげられないけど、ハグしてあげるね」
で、ムギュッ。ムギュムギュ。もちろん男性ナースは不可。女性のナースだけです。

 Nさん、初めは「ハグじゃなくて、ハリ」とか言って抵抗していましたが、そのうちに「ハグも良いけどハリ刺して」になりました。ナースに言っても、ソーシャルワーカーに言っても、「ハリはダメ、ハグね」と対応されるので、そのうちに自分から「ハリがだめなら、ハグ」というようになり、さらに数日後には、「ハグ、ハグ」と言ってナースステーションに来るようになりました。

「ハリハグ作戦」というのは、院長の命名。

☆ 院長のコメント:タイミングが重要です。あまりハグを乱発すると、患者は退行(幼児に似た精神状態になること)します。(02/04)


[テンプラ講習会?]

 大酒飲みのNさん(50代)は、ホスピタルの閉鎖病棟に入って2日目。振戦せん妄(重症の禁断症状)の真っ最中です。若い看護師を捕まえて、「おっと、きょうはテンプラの講習会だね。油の温度が大切だよ。分かってるって。あっしゃあ、もう30年もこれで食っているんだ。任せてくれ。でも、どうして血を採るの?」

 検温、採血や朝食の用意で、白衣のナースがうろうろするのを見て、レストランの調理人という仕事柄、テンプラの講習会とまちがえたのです。確かに、テンプラの講習会で採血する訳はありませんよね。(02/04)


[仔猫のニャンさん] 

 20台後半の解離性同一性障害(多重人格性障害;略称DID)患者が外来を受診しました。どこかいつもと様子が違います。面接室で患者さんが言いました。
「私は仔猫のニャンです。紀子さんは、今日はとても具合が悪くて、電車に乗れないので、私が代りに来ました。お薬を2週間分ください」
いやしくも精神科医たるもの、DID患者をみはじめたら、この程度のことで驚いてはいけません。私はすまして言います。
「あらあら、ニャンさん、それはごくろうさま。紀子さんはどうされたのでしょう」
そして、紀子さんの様子をいろいろ聞いて、診察の最後に「紀子さんに、お大事に、とお伝えくださいね。あなたもお風邪をひかないように、紀子さんの介護などで疲れすぎないように気をつけてくださいね。あなたのおかげで、紀子さんはとても心強いはずですよ」
患者さんの退出後、そばで聞いていたナースがポツンと言いました。
「先生って不思議な人ですね。猫と話す時にも、ちっとも口調が変わらないし、猫にも優しいのですね」(02/02)


[お遍路さん効果]

 四国八十八カ所自転車遍路から帰ったばかりのお嬢さん(20代)が、元気なお顔を見せてくれました。「一人で行ったの?」と私が聞くと、「はい、一人ですけど、いろんな方のお世話になって完走できました。感謝感謝の毎日でした」とのこと。3年前、人が怖くてひきこもりをしていた同じ方とはとても信じられません。この仕事をしていて良かった! お話をお聞きするだけで、こんなに幸せな気分になれるのは、「お遍路さん効果」?(01/04)


ご連絡はこちらへどうぞ ⇒ address
または、昼間の時間帯に電話(0279-56-8148)して、当院のPSW(精神科ソーシャルワーカー)と相談してください。

AKH 文責:竹村道夫(初版:02/05)


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